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329 ◇◇子離れ
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一太の作ったご飯は、普通に美味しかった。マカロニサラダもコーンスープもチキンライスも、普通に普通の味がした。作り方に書いてある通りに作った基本の味だ。一太の真面目な人柄が垣間見えると共に、失敗できなかったのだろうな、と陽子は思う。材料に余分が無かったり、少しの失敗をひどく詰られたりする環境では、とにかく基本に忠実に、失敗しないようにと作業するしかなかったのだろう。
そして一太には、手本となる味が無かった。晃や誠から一太の育った環境を漏れ聞く限り、うちはこうだったよ、と人に言える味がないのは間違いない。唯一あるとすれば、給食なのだろう。
そんな一太の作るご飯は、とても普通で普通に美味しい。
「美味しい」
陽子が一口食べて言えば、一太は、ほっとした表情を見せた。
「揚げただけだから」
それもできない人が世の中には沢山いるのよ、と陽子は思う。
「揚げただけのも、いっちゃんが味付けしてくれた物も全部美味しい。作ってくれてありがとう」
「あの、書いてある通りに作っただけなので、その、俺の味付けって訳じゃ……」
「全部、一太の手作り? すごいな」
「いっちゃんの作るご飯は、いつも美味しいよ」
誠と晃も参戦して、美味しい美味しい、と言えば、一太は控えめに笑った。
一太のはにかむ顔が可愛くて、一口ごとに褒めてしまいそうだった。
「晃の誕生日って感じがするわー。あ、そうだ。晃、誕生日おめでとう。かんぱーい」
「ええ? あ、ありがとう」
「そうだった、そうだった。晃、誕生日おめでとう」
「ありがとう」
思いつきで始まった適当な家族のやり取りに目を丸くした一太が、慌ててお茶の入ったグラスを持ち上げる。家族の食卓で絶対にやらなければならない事なんてないけれど、一太がこうして少しずつ、適当なやり取りに馴染んでくれたらいいな、と陽子は思う。
「おめでとう」
「ありがと」
見たことない顔で笑う息子がそこに居た。今日は二人で、楽しい誕生日を過ごしたのかな。
大人になっていく息子のことが、嬉しいような寂しいようなおかしな気分だった。
夜。陽子は、赤い長靴の形の入れ物にお菓子がたくさん詰まっているクリスマスプレゼントを二つ持って、そっと晃の部屋の扉を開けた。サンタクロース役をするのは何年ぶりだろうか。廊下の灯りを頼りに部屋の中を窺う。晃は、少々の物音では起きないことは分かっているが、敏感そうな一太もいるから気が抜けない。子どもっぽいと怒られそうだが、折角クリスマスイブにうちにいるのだから、二人の枕元にプレゼントを置いてやりたかったのだ。
けれど、抱き合って一つの布団で寝ている二人を見て、プレゼントを落としてしまい、慌てて部屋を飛び出し、一階に降りた。
「どうした?」
「あー。いや、うーん」
誠に訝しがられて、陽子は頭を抱えた。
「晃も、大人になったんだなって」
「二十歳だからな」
「うーん。いや。でも、そうか」
晃がまだ小さい頃。入院した晃を、病院に一人置いて帰らなければいけなかった。病院の決まりだったからだ。帰らないで、側にいて、と散々泣いていた晃は、ある時から、家でも一緒に寝なくていい、と言った。最初から一緒にいなければ、向こうでも寂しくないから、と。
あの頃から、誰も側に寄せつけなかった晃が、こうして一緒にいたいと思える人をみつけたのなら、それは本当に良かったことだ。
うん。きっと一太だけでなく晃も、小さい頃に足りなかった温もりを取り戻そうとしているのだろう。
陽子は見なかったことにする事にして、もう一度晃の部屋へそっと入りプレゼントを取り出した。そうして、プレゼントは部屋の扉の前に、並べて置いておくことにした。
そして一太には、手本となる味が無かった。晃や誠から一太の育った環境を漏れ聞く限り、うちはこうだったよ、と人に言える味がないのは間違いない。唯一あるとすれば、給食なのだろう。
そんな一太の作るご飯は、とても普通で普通に美味しい。
「美味しい」
陽子が一口食べて言えば、一太は、ほっとした表情を見せた。
「揚げただけだから」
それもできない人が世の中には沢山いるのよ、と陽子は思う。
「揚げただけのも、いっちゃんが味付けしてくれた物も全部美味しい。作ってくれてありがとう」
「あの、書いてある通りに作っただけなので、その、俺の味付けって訳じゃ……」
「全部、一太の手作り? すごいな」
「いっちゃんの作るご飯は、いつも美味しいよ」
誠と晃も参戦して、美味しい美味しい、と言えば、一太は控えめに笑った。
一太のはにかむ顔が可愛くて、一口ごとに褒めてしまいそうだった。
「晃の誕生日って感じがするわー。あ、そうだ。晃、誕生日おめでとう。かんぱーい」
「ええ? あ、ありがとう」
「そうだった、そうだった。晃、誕生日おめでとう」
「ありがとう」
思いつきで始まった適当な家族のやり取りに目を丸くした一太が、慌ててお茶の入ったグラスを持ち上げる。家族の食卓で絶対にやらなければならない事なんてないけれど、一太がこうして少しずつ、適当なやり取りに馴染んでくれたらいいな、と陽子は思う。
「おめでとう」
「ありがと」
見たことない顔で笑う息子がそこに居た。今日は二人で、楽しい誕生日を過ごしたのかな。
大人になっていく息子のことが、嬉しいような寂しいようなおかしな気分だった。
夜。陽子は、赤い長靴の形の入れ物にお菓子がたくさん詰まっているクリスマスプレゼントを二つ持って、そっと晃の部屋の扉を開けた。サンタクロース役をするのは何年ぶりだろうか。廊下の灯りを頼りに部屋の中を窺う。晃は、少々の物音では起きないことは分かっているが、敏感そうな一太もいるから気が抜けない。子どもっぽいと怒られそうだが、折角クリスマスイブにうちにいるのだから、二人の枕元にプレゼントを置いてやりたかったのだ。
けれど、抱き合って一つの布団で寝ている二人を見て、プレゼントを落としてしまい、慌てて部屋を飛び出し、一階に降りた。
「どうした?」
「あー。いや、うーん」
誠に訝しがられて、陽子は頭を抱えた。
「晃も、大人になったんだなって」
「二十歳だからな」
「うーん。いや。でも、そうか」
晃がまだ小さい頃。入院した晃を、病院に一人置いて帰らなければいけなかった。病院の決まりだったからだ。帰らないで、側にいて、と散々泣いていた晃は、ある時から、家でも一緒に寝なくていい、と言った。最初から一緒にいなければ、向こうでも寂しくないから、と。
あの頃から、誰も側に寄せつけなかった晃が、こうして一緒にいたいと思える人をみつけたのなら、それは本当に良かったことだ。
うん。きっと一太だけでなく晃も、小さい頃に足りなかった温もりを取り戻そうとしているのだろう。
陽子は見なかったことにする事にして、もう一度晃の部屋へそっと入りプレゼントを取り出した。そうして、プレゼントは部屋の扉の前に、並べて置いておくことにした。
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