【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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316 ただいまとおかえりと

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「ただいまー」

 明里あかりさんはもうこの家に住んでいないのに、ただいまと言ってやって来る。そういえば、晃くんもだ。もともと住んでいた家には、出ていった後もそうやって帰るものなのか。
 一太が一人で納得しかけていると、明里の伴侶のまなぶも、ただいま帰りました、と入ってきた。
 あれ?

「いっちゃん、どうかした?」

 おかえり、と出迎えている陽子を見ながら首を傾げていると、晃がすぐに尋ねてくる。

「あ、うん。学さんも、ただいまって言うんだな、って思って」
「血の繋がりは無くても家族だし、お邪魔しますなんて他人行儀だって、きっと母さんが言ったんじゃないの?」

 ははあ、なるほど。明里と学は結婚して家族になったから、その両親や兄弟も、大きな括りで家族になったのか。血の繋がりがあっても、ただいまもおかえりも言い合うことのなかった一太とは、大違いだ。これが、普通なのかな。

「ただいま、晃」

 明里は、すたすたと居間のソファに座っている晃の元へやって来て、頭を撫でた。

「うわ、やめろよ。もうそんな子どもじゃないんだよ」
「あはは。よし」

 一太が隣で呆然と見ていると、その手が一太の頭に移ってくる。ぎゅ、と目を閉じて、晃の服の裾を掴む手に力を込めた。軽く優しく触れた手は、わさわさと一太の髪を撫でてから、額付近でぴたりと止まる。

「ん?」

 え? と、一太がつぶっていた目を開けると、一太の額に手を置いたまま、んん? と首を傾げている明里が見える。

「ちょっと熱いんじゃない?」
「へ?」
「相変わらず、見事なセンサーね。正解よ。いっちゃん、発熱中」

 食卓に大きな鉄板を出して、昼食の準備をしている陽子が答える。
 いや、熱は下がったはずだ。汗はたくさんかいた。汗をかいたら熱は下がるって、陽子さんが教えてくれたじゃないか。一太は心の内で不満の声を上げる。
 なのに、昼食準備の手伝いは断られた。いっちゃんはテレビでも見てて、と言われて晃にソファに連行されたのだ。

「あらま。でもまあ、そんなに高くないわ。一太くん、しんどくない? 水分、ちゃんと摂るのよ?」
「はい」

 さっき、晃くんを撫でて、よしって言ったのは、晃くんは平熱だってことなのか。一太も平熱のつもりだから納得はいかないが、明里が心配してくれていることは分かったので素直に頷いた。

「おかえり」

 晃が、明里と学に向かって言う。二人は、ただいま、と笑った。

「おかえりなさい」

 一太も反射的に言ってから、あわわと慌てる。自分の家でもないのに、何言ってるんだ?

「うん。ただいま」

 けれど明里と学は、晃に向けたのと同じ笑顔で一太にも答えてくれた。
 え? いいの? 俺もおかえりって言っていいの?
 一太は、何だか眩しいものを見るように、二人を見上げていた。
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