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309 ◇ごめん

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「晃。私ね、いっちゃんと晃がとても仲良くしていることは、すごく嬉しいなと思って見てたの」
「え? あ、うん」

 晃は、一太から離れて隣の席に着いた。母の顔が真剣だったから、ちゃんと聞かなければいけないと思ったのだ。

「晃は、今までうちに連れてくるような友だちなんていなかったでしょう? 学校では、それなりに誰かと一緒にいたみたいだけれど、懇談の時に担任の先生に、晃くんはいつもお友だちと楽しく過ごしてますよと聞いて驚いたくらい、私には友だちがいるようには見えなかった」
「一応、それなりに」

 学校で話をする程度の友だちなら、たくさんいた。いた、というか、勝手に寄ってきて、友だちだと名乗る人には事欠かなかった。一人でいるのも目立つし、何人かで固まっている方が気が楽だ。それこそ、一太と同じような理由なのかもしれない。一太のように手探りではない分、楽なことだった。過ごせていればそれで良かったのだ。女子たちとの、晃にとっては訳の分からないトラブルも、何人かで固まっていれば軽減された。晃が迷惑そうにしていれば、集まる女子を追い払ってくれる親切な人もいた。
 けれど、夏のプールやお泊まり会なんていう、裸を見せるような行事には晃は絶対参加したくない。誕生日やクリスマスに家族以外と過ごしたいと思ったこともなかった。学校帰りのちょっとした遊びには、誘われたらついていったが、仲良しだからとかではなく、好奇心だ。皆がやってること、楽しいということをやってみただけ。晃がそんな風だから、何となくうわべだけの友人が何人かいる、という状況になったのだろう。誰とも、深い付き合いにはならなかった。
 晃は、何にも困っていなかった。

「いっちゃんをうちに連れてきたり、甲斐甲斐しくお世話をしているのを見て、晃にも心を許せる友だちができたんだなあ、って本当に嬉しかったのよ」
「あ、うん」

 母に、そんなに心配を掛けていたとは知らなかった。社交的な光里は、よく友だちと家で遊んだり出かけたりしていたが、上の姉の明里が、友だちを家に連れて来たのを晃は見たことがない。明里は、家で本ばかり読んでいた。明里だって、そんなに友だちはいなかったのじゃないだろうか。歳が離れ過ぎていたので、詳しくは知らないが。

「一緒に遊園地に行ったり、他のお友だちも加えて誕生日パーティしたり。ああ、ちゃんと学生らしく子どもらしく遊んでる、良いお友だちに恵まれて良かったって。表情も、本当に楽しそうで、私……」
「うん。楽しいよ」

 良かった、と言いながら、何故母は言葉を詰まらせるのか。晃は首を傾げながら、隣に座っている一太を見た。一太は、少し俯いて母の言葉を聞いていた。

「晃。いっちゃんとは、お友だちじゃ駄目だった?」

 一太が、ぎゅっと左手の薬指を右手で握る。指輪を隠すように。大事に守るように。
 ああ、そういう事か。

「うん。駄目だった」

 即答だった。
 母の言いたい事も、心配も分かる。
 分かってる。男同士で付き合うのは
 でも、何度考えても、友だちじゃ駄目だった。晃の一太への気持ちは、友だちへの気持ちじゃなかった。抱きしめたい。キスしたい。ずっと一緒にいたい。誰にも渡したくない。
 これは、友だちへの気持ちじゃないという事くらい、安倍という友だちのできた今ならはっきりと分かる。

「駄目だった」
 
 晃は、顔を覆って黙ってしまった母に、もう一度はっきりと言った。
 ごめん。
 でありたいと願っていたのは、晃も一太と同じ。でも、駄目だった。
 ごめん。
 母に、心配をかけたい訳ではない。普通に一太のことは友だちとして、別に女性の恋人を連れてくれば、母はこんなに悩まずにすんだのかもしれない。
 ごめん。でも、駄目だった。
 一太に拒否されない限り、この気持ちは譲れそうにない、と晃もまた、左手の薬指を右手で握りしめていた。
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