【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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307 何も無くなったはずだった

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 とりあえずフレンチトーストは食べた。ミルクティも飲んだ。せっかくの美味しい食べ物を残すなんて、一太には考えられない。陽子は一緒に食卓について、一太に色々と話し掛けてくれた。フレンチトーストは、甘いのとチーズやハムを挟んだのとどっちが好き? とか、ミルクティ、相変わらず好きなのね、また紅茶のパック、持って帰る? とか。
 誰かと食べるご飯は美味しい。一太は最近ではもう、誰かとご飯を食べるのが当たり前になってしまった。不思議なものだ。何年もずっと、誰かと食事なんてした事なかったのに。
 一太は、落ち着かない気持ちを抑えながら、美味しい朝食は堪能した。陽子の言葉に、ひとつひとつ丁寧に返事をしながら、でもやっぱり壁にかかっている電子日めくりカレンダーを確認してしまう。
 十二月二十二日日曜日。時刻は朝の六時五十分。
 二十二日……。日曜日だから学校は休み。いや、もう冬休みだった。テストは済んだ。卒業のための提出物も仕上げた。あとは、バイトして、晃くんの誕生日パーティをして、バイトして……。そう、また年始はバイト先のスーパーは休みだから、休みまでにシフトをたくさん入れて……。
 はあ、と一太が吐いた溜め息は、しっかり陽子に聞かれていた。

「どうかした?」
「仕事が……」
「ああ。アルバイトね、大丈夫。晃が連絡して、冬休みだけのアルバイトを確保するからゆっくり休みなさい、って言ってもらってるらしいわよ」
「大丈夫……」
「そ。もうね、成人式が終わるまでここに居なさい。晃の誕生日パーティもできるしね」
「誕生日パーティ」

 それは友だちと約束が。

「お友だちとのパーティは、来月やることにしたって晃が言ってたわよ?」

 晃くん、ごめん。晃くんの誕生日なのに、晃くんに手間をかけてしまった。それに、アルバイト。
 大丈夫、と言われた。大丈夫。
 それは、一太がいなくても大丈夫ってことだ。連絡もなしで休んだような人間は、もう置いてもらえないのかもしれない。こんな時期から四月までの数ヶ月、どこか雇ってもらうことができるだろうか。
 学費を全て払い終えて、ほっとした反面、一太の手持ちのお金は、本当の意味で空っぽになってしまっていた。学校をやめたら、手を付けていない貯金で少しの間は暮らせる、と思っていた、その貯金が何もない。通帳に大切に持っていた間は、早く払ってしまいたい、と思っていたのに、無くなると途端に不安になった。何もない。本当に、今の一太には何もない。仕事をしないと暮らせない。

「いっちゃん?」

 黙り込んだ一太に、陽子の声がかかる。

「俺、帰らないと」

 帰る。帰るのにも、お金がいる。財布に、どれほどのお金が入っていただろう。

「あっちの家? 元気になったら、晃と二人で帰りなさい。今は駄目よ」

 そんなことを言われても。
 一太は首を横に振る。

「いっちゃん。何が心配?」
「仕事しないと、お金が無いです」
「うーん。でも、熱があったらお仕事はできないよ?」
「もう大丈夫です」

 陽子は身を乗り出して、机の上に置いてあった、簡易体温計を一太の額にかざした。ピピ、と音がして体温計は真っ赤に光った。

「大丈夫な人は、緑色」
「でも、夜より下がった……」
「駄目」

 三十七・七度で赤くなるなんて、大丈夫じゃない設定が低すぎるのではないだろうか。

「いっちゃん、手を出して」
「手?」
「そう。手。左手」

 うつむく一太に、陽子の強い声が響く。

「これは、晃から?」

 おずおずと差し出した左手の薬指を、そっと撫でられた。そこには、晃からもらった指輪がはまっている。一太がうん、と頷くと、そう、と陽子が答える。

「いっちゃんも、晃に?」

 うん。

「そっか。じゃあ、いっちゃんはうちの子だから、お金が無くなったり、とても困ったことがあったりしたら、私が、私とお父さんが助けてあげる。だから、何にも心配いらない」
「…………?」

 首を傾げる一太に、陽子は力強く笑った。

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