304 / 398
304 ◇◇少しずつ伝わればいい
しおりを挟む
どたっ、と何かが落ちる音が天井から聞こえて、陽子は目を覚ました。枕元に置いた携帯電話で確認すると、時刻は六時前だった。陽子の、日曜日の目覚ましが鳴るまでには、まだまだ時間があった。むむ、と眠い目を擦って布団の中で伸びをする。寒いのは苦手だ。冬に、布団から出るには覚悟がいる。
だが、陽子がそうして布団の中でうだうだしている間に、今度はがちゃ、と二階の部屋の扉が開く音がした。
大変だ、と陽子は布団から飛び出す。布団の脇に置いていた、もこもこで暖かい上着を羽織ると、隣の布団で寝ている誠を起こさないように、そっと一階の寝室を抜け出した。
「いっちゃん」
見なくても、誰が部屋から出てきたのかは分かっている。晃も光里も、よほどの用事がない限り、こんな早朝に自分で目を覚ますことなんてないからだ。
だから陽子は、心当たりの人間を階段の下から呼んだ。少し咎める口調になったのは許してほしい。一太は、ふらふらした足取りで洗濯物を抱えて、階段を降りようとしているのだ。発熱くらい大したことはない、と思っているのかもしれない。けれど昨日から、本当にふらふら、ふらふらしてまともに歩けていないことに、一太は気付いていないのだろうか。……気付いていても、一太の中に、動かないという選択肢がない? それなら陽子は、何度でも、動こうとする一太を止めなければならない。体調が悪い時は、何も気にせず回復するまで寝ているべきなのだと、一太が理解するまで、何度も。
何度も繰り返し教えよう。大抵の人間がそうするように、一太もそうして休んで欲しい。
大体、何も持たずとも危なっかしい足取りなのに、荷物を持って降りて階段を踏み外したらどうするのだ。布団で、静かに寝転がって体調の回復に努めてほしいと思っているけれども、大怪我をして動けなくなるのは駄目だ。
「おはよう。今日も早いわね。調子はどう?」
「おはよう、ございます……。大丈夫です」
一太の掠れた声が答える。一太は、大丈夫としか言わない。それ以外、言うことは許されていないとでもいうかのように。それでも、陽子は必ず聞こうと思うのだ。調子はどう、と。今のような時は、大丈夫じゃないのだと一太が分かってくれるまで。
「大丈夫じゃないよ。いっちゃん今、ふらふらだよ。階段を下りるなら、シーツは置いてきて。私がそっちに取りに行くから」
「あ、でも」
「階段を落ちたら、怪我をしちゃうよ? 歩けなくなったら、どうするの!」
「ご、ごめんなさい……」
少し口調がきつくなってしまった。一太が、びくっと肩を揺らすのを見て陽子は慌てる。
「いっちゃん。私は心配してるだけ。体調が悪い時に、無理して動いていいことなんて、何にもないんだから」
「しんぱい……」
「そ。昨日、熱が高かったいっちゃんが心配」
「そ、そう、ですか……」
陽子は階段を上がって、シーツと枕カバー、タオルケットを受け取った。上着も着ていない一太が、くしょんくしょん、とくしゃみをし始める。
「起きたら、上着は必ず着ないと駄目よ。冷えたらまた、熱が上がっちゃう」
「はい」
陽子は、素直に頷く一太を連れて、暖房を付けた居間へ降りる。シーツを洗濯機に入れて、他の白っぽい洗濯物も一緒に突っ込みスイッチを押すと、お湯で濡らしたタオルと替えのパジャマを手に一太の元へ戻った。
「ありがとうございます。すみません」
ありがとう、が先に出るようになっただけ、すみませんと謝ってばかりだった頃よりいいな、と陽子は思った。
その程度だけれど、これはきっと大きな一歩だ。
だが、陽子がそうして布団の中でうだうだしている間に、今度はがちゃ、と二階の部屋の扉が開く音がした。
大変だ、と陽子は布団から飛び出す。布団の脇に置いていた、もこもこで暖かい上着を羽織ると、隣の布団で寝ている誠を起こさないように、そっと一階の寝室を抜け出した。
「いっちゃん」
見なくても、誰が部屋から出てきたのかは分かっている。晃も光里も、よほどの用事がない限り、こんな早朝に自分で目を覚ますことなんてないからだ。
だから陽子は、心当たりの人間を階段の下から呼んだ。少し咎める口調になったのは許してほしい。一太は、ふらふらした足取りで洗濯物を抱えて、階段を降りようとしているのだ。発熱くらい大したことはない、と思っているのかもしれない。けれど昨日から、本当にふらふら、ふらふらしてまともに歩けていないことに、一太は気付いていないのだろうか。……気付いていても、一太の中に、動かないという選択肢がない? それなら陽子は、何度でも、動こうとする一太を止めなければならない。体調が悪い時は、何も気にせず回復するまで寝ているべきなのだと、一太が理解するまで、何度も。
何度も繰り返し教えよう。大抵の人間がそうするように、一太もそうして休んで欲しい。
大体、何も持たずとも危なっかしい足取りなのに、荷物を持って降りて階段を踏み外したらどうするのだ。布団で、静かに寝転がって体調の回復に努めてほしいと思っているけれども、大怪我をして動けなくなるのは駄目だ。
「おはよう。今日も早いわね。調子はどう?」
「おはよう、ございます……。大丈夫です」
一太の掠れた声が答える。一太は、大丈夫としか言わない。それ以外、言うことは許されていないとでもいうかのように。それでも、陽子は必ず聞こうと思うのだ。調子はどう、と。今のような時は、大丈夫じゃないのだと一太が分かってくれるまで。
「大丈夫じゃないよ。いっちゃん今、ふらふらだよ。階段を下りるなら、シーツは置いてきて。私がそっちに取りに行くから」
「あ、でも」
「階段を落ちたら、怪我をしちゃうよ? 歩けなくなったら、どうするの!」
「ご、ごめんなさい……」
少し口調がきつくなってしまった。一太が、びくっと肩を揺らすのを見て陽子は慌てる。
「いっちゃん。私は心配してるだけ。体調が悪い時に、無理して動いていいことなんて、何にもないんだから」
「しんぱい……」
「そ。昨日、熱が高かったいっちゃんが心配」
「そ、そう、ですか……」
陽子は階段を上がって、シーツと枕カバー、タオルケットを受け取った。上着も着ていない一太が、くしょんくしょん、とくしゃみをし始める。
「起きたら、上着は必ず着ないと駄目よ。冷えたらまた、熱が上がっちゃう」
「はい」
陽子は、素直に頷く一太を連れて、暖房を付けた居間へ降りる。シーツを洗濯機に入れて、他の白っぽい洗濯物も一緒に突っ込みスイッチを押すと、お湯で濡らしたタオルと替えのパジャマを手に一太の元へ戻った。
「ありがとうございます。すみません」
ありがとう、が先に出るようになっただけ、すみませんと謝ってばかりだった頃よりいいな、と陽子は思った。
その程度だけれど、これはきっと大きな一歩だ。
350
お気に入りに追加
2,213
あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。


弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました!
※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

【完結】君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…
※カクヨムにも投稿始めました!アルファポリスとカクヨムで別々のエンドにしようかなとも考え中です!
カクヨム登録されている方、読んで頂けたら嬉しいです!!
番外編は時々追加で投稿しようかなと思っています!

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる