【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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298 ◇好きなカレー

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 一太は、もくもく、もくもくとカレーを食べた。いつもの母のカレー。晃が小さい頃に使っていた、あまり量が入らない浅いカレー皿に盛った少量のカレーを、しっかり自分で食べた。
 このカレー皿は、ぱっと見は他の人の皿と同じように見えるものだ。けれど、量は少ししか入らない。晃が、自分だけ家族と違うことを嫌がっていた頃に使っていた食器の一つ。同じに見えて、けれど、まだ小さくても体調が悪くても、食べ切れる量だけが入る優れもの。
 まだ置いてあったんだ。
 晃が、そんなことで駄々をこねたのはほんの小さい頃で、すぐに色々諦めてしまったのに。手術をした後は、食べ過ぎを心配されるくらい、もりもり食べていたのに。
 きょろ、と周りに視線を送る一太を見ていると、その皿を使ったのはきっと正解だった、と晃は思う。

「いっちゃん。おかわりいる?」

 陽子の声に、一太は慌てて首を横に振った。晃が小さい頃の皿だから、量はすごく少ない。大人の男に足りる量ではない。でも、お腹いっぱいと言っていたのに食べ切れたのだから、すごい。

「たくさん食べれたねえ。すごいね」

 晃が思った通りのことを母が言った。一太は、うんと素直に頷いた。

「このカレー、好き」

 一太の声に、一緒に食卓についていた三人共が身を乗り出しそうになった。何とか留まって、うつむき加減で話す一太の小さな声を聞く。

「俺の好きなカレー」
「いっちゃん……」

 陽子が、がたっと立ち上がった。コップを持って、キッチンへと駆け込んでいく。手にしたコップに牛乳はまだ入っていたけれど、誠も晃も何も言わなかった。

「僕も、このカレーが好き」

 物音に反応してそちらを向こうとする一太に、隣の席から晃が声をかける。

「一緒だね」
「一緒?」
「好きなカレーが一緒」

 うん、とまた一太は頷いた。
 給食が好きだった、と言っていた一太。他の人が作ったもので、覚えている味はそれだけだった一太。
 その一太が、母のカレーを、俺の好きなカレーだと言った。
 カレーだ。特別なスパイスや材料を使うわけでもない母のカレー。ルーを使って、ほとんど箱の裏に書いてある手順と材料通りに作る母のカレー。よそで食べるのと比べて違うのは、じゃが芋が少し多いくらい? でも何故か、よそで食べるのとは違う味になる、食べ慣れた母のカレー。
 一太は母の作る料理を食べた後、自分の料理の味や見た目を母のものに近付けようする。いっちゃんの作り慣れた手順と味付けで作ったらいいよ、と晃が言っても、陽子さんのにする、と頑張っていた。
 あれは、晃の為だと思っていた。晃の食べ慣れた味を作ってくれようとしているのだと思っていた。もちろん、それもあるのだろうけれども、それだけじゃなく。
 そうか。
 いっちゃんも、母の味が好きだったんだ。
 そういう味が、一太の中にあったことに、晃も何だか胸が詰まる気がした。
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