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297 ◇震えは止まっていた
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「一太。もう一度寝るか? それなら、二階の布団まで運んでやるけど、どうする?」
父の言葉に、つぶっていた目を開けた一太は、激しく首を横に振った。
「ん、そうか。なら、居間にいるといい。ソファに下ろすぞ。晃」
「あ、僕が受け取る」
「別に受け取る必要はない。隣にいてやれ、と言う意味だ」
父が呆れたような声を上げたが、晃は気にせずソファに座って手を広げた。一太は、何の抵抗も見せずに晃の膝の上におろされた。晃は、一太が身を預けてくれるのが嬉しくて、ぎゅうと抱きしめた。横抱きにして歩くのは荷が重いが、これならできる。
膝に乗った一太が、すんと晃の匂いを嗅いで、ほっとした様子を見せたことが、嬉しかった。
もう少し力をつけて、父のように横抱きでいっちゃんを運べるようになりたいものだ、と晃は思った。
「いっちゃん。夜ご飯に食べたい物はある?」
母が、ソファの側に膝をついた。そのまま一太に声をかけると、一太がびくっと肩を震わせる。それから目を開けて、ぱちぱちと瞬きしながら母を見た。晃の服をぎゅっと握って、何度も何度も晃と母の顔を見比べる。膝に乗せているから、晃は、一太が少し震えているのも分かってしまった。
母は、笑顔だ。いつも通りの笑顔。
すごいな、と晃は思う。きっと気付いているのに。いっちゃんが、母に怯えていることに気付いているのに。
「お腹、いっぱい……」
震えながらも、一太は答えた。答えてくれた。
晃が母に視線を送ると、母も晃を見て頷いていた。
違う、とちゃんと分かったんだ。あの女とは違うと。
「あら、そう?」
母は、なんでもないように答える。
「いっちゃん。お昼ご飯、何食べたの? 美味しいもの?」
「いっちゃん……」
一太が、自分への呼びかけを繰り返す。
「いっちゃんでしょ」
「いっちゃんだよ」
母と晃が言うと、一太はまた、ぱちぱちと瞬きをした。
「あきら……くん……」
「晃くんです」
「私は、お母さんですよ」
「…………え?」
一太が固まる。
「あはは。冗談よ、冗談。陽子さんですよ」
「…………」
「で? お昼ご飯、美味しかった?」
母は、晃たちが焼肉を食べて帰ってきたことを知っている。一太を連れて家に帰る、と連絡をした時に、今日あった色んなことを全て伝えたから。
「え? あ、え……ええっと。美味しい……うん。美味しかった、です」
「そう。好きな物食べたのね。良かったわねえ」
「良かった……」
うん、と一太が頷くのへ頷き返しながら、母がソファの傍から立ち上がる。
「いっちゃんは、お腹いっぱいかあ。じゃあ、どうしようかなあ。いっちゃんの好きな物で、胃に優しくて食べやすい物、何かなあ」
母の声は、変わっていない。ずっとそのままだ。
けれど、腕の中の一太の震えは止まっていた。
父の言葉に、つぶっていた目を開けた一太は、激しく首を横に振った。
「ん、そうか。なら、居間にいるといい。ソファに下ろすぞ。晃」
「あ、僕が受け取る」
「別に受け取る必要はない。隣にいてやれ、と言う意味だ」
父が呆れたような声を上げたが、晃は気にせずソファに座って手を広げた。一太は、何の抵抗も見せずに晃の膝の上におろされた。晃は、一太が身を預けてくれるのが嬉しくて、ぎゅうと抱きしめた。横抱きにして歩くのは荷が重いが、これならできる。
膝に乗った一太が、すんと晃の匂いを嗅いで、ほっとした様子を見せたことが、嬉しかった。
もう少し力をつけて、父のように横抱きでいっちゃんを運べるようになりたいものだ、と晃は思った。
「いっちゃん。夜ご飯に食べたい物はある?」
母が、ソファの側に膝をついた。そのまま一太に声をかけると、一太がびくっと肩を震わせる。それから目を開けて、ぱちぱちと瞬きしながら母を見た。晃の服をぎゅっと握って、何度も何度も晃と母の顔を見比べる。膝に乗せているから、晃は、一太が少し震えているのも分かってしまった。
母は、笑顔だ。いつも通りの笑顔。
すごいな、と晃は思う。きっと気付いているのに。いっちゃんが、母に怯えていることに気付いているのに。
「お腹、いっぱい……」
震えながらも、一太は答えた。答えてくれた。
晃が母に視線を送ると、母も晃を見て頷いていた。
違う、とちゃんと分かったんだ。あの女とは違うと。
「あら、そう?」
母は、なんでもないように答える。
「いっちゃん。お昼ご飯、何食べたの? 美味しいもの?」
「いっちゃん……」
一太が、自分への呼びかけを繰り返す。
「いっちゃんでしょ」
「いっちゃんだよ」
母と晃が言うと、一太はまた、ぱちぱちと瞬きをした。
「あきら……くん……」
「晃くんです」
「私は、お母さんですよ」
「…………え?」
一太が固まる。
「あはは。冗談よ、冗談。陽子さんですよ」
「…………」
「で? お昼ご飯、美味しかった?」
母は、晃たちが焼肉を食べて帰ってきたことを知っている。一太を連れて家に帰る、と連絡をした時に、今日あった色んなことを全て伝えたから。
「え? あ、え……ええっと。美味しい……うん。美味しかった、です」
「そう。好きな物食べたのね。良かったわねえ」
「良かった……」
うん、と一太が頷くのへ頷き返しながら、母がソファの傍から立ち上がる。
「いっちゃんは、お腹いっぱいかあ。じゃあ、どうしようかなあ。いっちゃんの好きな物で、胃に優しくて食べやすい物、何かなあ」
母の声は、変わっていない。ずっとそのままだ。
けれど、腕の中の一太の震えは止まっていた。
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