【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

文字の大きさ
上 下
295 / 398

295 ◇何かが抜け落ちたような

しおりを挟む
「いっちゃん、寝てたらいい。うちまで、一時間半くらいかかるから」
「大丈夫」

 腹が膨れた一太が、父の車の後ろ座席で、うつらうつらと船を漕ぎ始めた。隣の席に座った晃が、一太が寝やすいように肩か膝を貸そうと声をかけると、はっとした様子で頭を振り、大丈夫、と繰り返す。
 晃は、ため息を吐いて一太の肩をそっと抱いた。何の抵抗もないことにほっとして、肩に回した手に力を込める。一太は必死で睡魔と戦っていた。
 焼肉屋でご飯を食べているうちに、ようやく目が合うようにはなったけれど、やはりいつもとは様子が違いすぎる。出会った頃の一太に近いけれど、でも、その時とも少し違う。心配だった。
 ご飯は、口に入れてあげたらいつものように食べた。はじめに、たれも付けずに焼けた肉を食べたのを見た時は、背中に冷や汗が流れたけれど。
 だってもう一太は、焼肉屋さんでの食べ方を知っている。初めての焼肉屋さんで、美味しい、美味しい、とあんなに喜んでいた。自分で、ご飯を注文したりもした。焼肉屋さんでの普通の食べ方を知っている一太が、わざわざ普通でないことをするはずがない。
 食べなさいと言われて、反射的に食べたのだ。いつものように考えることもなく。
 一太の何かが、抜け落ちているような。いや、シャットダウンしてしまった?
 焼肉屋さんの帰りも、らしくなかった。食べ終えて、満腹かと父に聞かれて頷いた一太は、ぼんやりと立ち上がったのだ。
 会計をする父を見て、一太はようやく慌て出した。

「あの。あの、お金。お代、は……? 俺、俺、たくさん食べて……」
「うん。たくさん食べたな。偉かった」

 素早く会計を終えた父が、笑って一太の頭を撫でる。一太が、その手から逃げることはなかった。

「さ、まずは車に戻るぞ。食事代は今日は私が出す。また、お前たちが仕事に就いてたくさん稼いだら、美味しいものを食べに連れて行ってくれ」
「え? え? でも……」
「分かった。家族みんなを連れて、とんかつ屋さんで二人で奢るから、楽しみに待ってて。ね、いっちゃん」
「え? あ、え? ええ? とんかつ?」
「とんかつは高いぞ。大丈夫か?」
「だから、待っててって」
「ははっ。気長に待つよ」

 外で食べたら、いつもなら、食事が終わった直後にあるはずのやり取りだった。一太は、誰かに自分の糧を払ってもらうことなんて、いまだに思い付きもしない。いつも、最終的には、父が一太の一人分の代金を受け取って終わるやり取り。
 そのやり取りすら、食事を終えた直後にすることなく立ち上がった。そして、車に乗った一太が、自分の分をどうしても払う、と言い出すこともなかった。
 そのまま、一太は睡魔と戦っている。何故、寝ないのか。こんなに眠そうなのに。
 晃の心配事は、どんどん増えていく。
 二人の家に着く頃になって、一太はようやく寝落ちした。

「寝たのか」

 車内に流れる音を絞り、黙って運転してくれていた父が、声を潜めて聞いてくる。

「寝た」
「……晃。学校は、もう冬休みだろう? このまま、うちに帰らないか」
「え……?」
「晃。一太は今、あきらかにおかしい。周りに、たくさんの手と目がある方がよくないか?」
「…………」

 一太に、バイトを休ませることがいいのかどうか、晃には判断がつかなかった。

「手ぶらでいい。うちに、お前の服が少しは残っているだろう。無ければ買えばいい。このまま、うちに帰る。バイト先へは、お前が連絡しなさい」

 一度車を止めて、晃の膝に頭を乗せて眠る一太を見た父は、きっぱりと言った。
 同じように、膝の上で横を向く一太の顔を覗き見た晃も頷いた。
 寝ている一太は、青白い顔をして、人形のように静かだった。
しおりを挟む
感想 665

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!

灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」 そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。 リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。 だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。 みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。 追いかけてくるまで説明ハイリマァス ※完結致しました!お読みいただきありがとうございました! ※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました! ※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

処理中です...