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295 ◇何かが抜け落ちたような
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「いっちゃん、寝てたらいい。うちまで、一時間半くらいかかるから」
「大丈夫」
腹が膨れた一太が、父の車の後ろ座席で、うつらうつらと船を漕ぎ始めた。隣の席に座った晃が、一太が寝やすいように肩か膝を貸そうと声をかけると、はっとした様子で頭を振り、大丈夫、と繰り返す。
晃は、ため息を吐いて一太の肩をそっと抱いた。何の抵抗もないことにほっとして、肩に回した手に力を込める。一太は必死で睡魔と戦っていた。
焼肉屋でご飯を食べているうちに、ようやく目が合うようにはなったけれど、やはりいつもとは様子が違いすぎる。出会った頃の一太に近いけれど、でも、その時とも少し違う。心配だった。
ご飯は、口に入れてあげたらいつものように食べた。はじめに、たれも付けずに焼けた肉を食べたのを見た時は、背中に冷や汗が流れたけれど。
だってもう一太は、焼肉屋さんでの食べ方を知っている。初めての焼肉屋さんで、美味しい、美味しい、とあんなに喜んでいた。自分で、ご飯を注文したりもした。焼肉屋さんでの普通の食べ方を知っている一太が、わざわざ普通でないことをするはずがない。
食べなさいと言われて、反射的に食べたのだ。いつものように考えることもなく。
一太の何かが、抜け落ちているような。いや、シャットダウンしてしまった?
焼肉屋さんの帰りも、らしくなかった。食べ終えて、満腹かと父に聞かれて頷いた一太は、ぼんやりと立ち上がったのだ。
会計をする父を見て、一太はようやく慌て出した。
「あの。あの、お金。お代、は……? 俺、俺、たくさん食べて……」
「うん。たくさん食べたな。偉かった」
素早く会計を終えた父が、笑って一太の頭を撫でる。一太が、その手から逃げることはなかった。
「さ、まずは車に戻るぞ。食事代は今日は私が出す。また、お前たちが仕事に就いてたくさん稼いだら、美味しいものを食べに連れて行ってくれ」
「え? え? でも……」
「分かった。家族みんなを連れて、とんかつ屋さんで二人で奢るから、楽しみに待ってて。ね、いっちゃん」
「え? あ、え? ええ? とんかつ?」
「とんかつは高いぞ。大丈夫か?」
「だから、待っててって」
「ははっ。気長に待つよ」
外で食べたら、いつもなら、食事が終わった直後にあるはずのやり取りだった。一太は、誰かに自分の糧を払ってもらうことなんて、いまだに思い付きもしない。いつも、最終的には、父が一太の一人分の代金を受け取って終わるやり取り。
そのやり取りすら、食事を終えた直後にすることなく立ち上がった。そして、車に乗った一太が、自分の分をどうしても払う、と言い出すこともなかった。
そのまま、一太は睡魔と戦っている。何故、寝ないのか。こんなに眠そうなのに。
晃の心配事は、どんどん増えていく。
二人の家に着く頃になって、一太はようやく寝落ちした。
「寝たのか」
車内に流れる音を絞り、黙って運転してくれていた父が、声を潜めて聞いてくる。
「寝た」
「……晃。学校は、もう冬休みだろう? このまま、うちに帰らないか」
「え……?」
「晃。一太は今、あきらかにおかしい。周りに、たくさんの手と目がある方がよくないか?」
「…………」
一太に、バイトを休ませることがいいのかどうか、晃には判断がつかなかった。
「手ぶらでいい。うちに、お前の服が少しは残っているだろう。無ければ買えばいい。このまま、うちに帰る。バイト先へは、お前が連絡しなさい」
一度車を止めて、晃の膝に頭を乗せて眠る一太を見た父は、きっぱりと言った。
同じように、膝の上で横を向く一太の顔を覗き見た晃も頷いた。
寝ている一太は、青白い顔をして、人形のように静かだった。
「大丈夫」
腹が膨れた一太が、父の車の後ろ座席で、うつらうつらと船を漕ぎ始めた。隣の席に座った晃が、一太が寝やすいように肩か膝を貸そうと声をかけると、はっとした様子で頭を振り、大丈夫、と繰り返す。
晃は、ため息を吐いて一太の肩をそっと抱いた。何の抵抗もないことにほっとして、肩に回した手に力を込める。一太は必死で睡魔と戦っていた。
焼肉屋でご飯を食べているうちに、ようやく目が合うようにはなったけれど、やはりいつもとは様子が違いすぎる。出会った頃の一太に近いけれど、でも、その時とも少し違う。心配だった。
ご飯は、口に入れてあげたらいつものように食べた。はじめに、たれも付けずに焼けた肉を食べたのを見た時は、背中に冷や汗が流れたけれど。
だってもう一太は、焼肉屋さんでの食べ方を知っている。初めての焼肉屋さんで、美味しい、美味しい、とあんなに喜んでいた。自分で、ご飯を注文したりもした。焼肉屋さんでの普通の食べ方を知っている一太が、わざわざ普通でないことをするはずがない。
食べなさいと言われて、反射的に食べたのだ。いつものように考えることもなく。
一太の何かが、抜け落ちているような。いや、シャットダウンしてしまった?
焼肉屋さんの帰りも、らしくなかった。食べ終えて、満腹かと父に聞かれて頷いた一太は、ぼんやりと立ち上がったのだ。
会計をする父を見て、一太はようやく慌て出した。
「あの。あの、お金。お代、は……? 俺、俺、たくさん食べて……」
「うん。たくさん食べたな。偉かった」
素早く会計を終えた父が、笑って一太の頭を撫でる。一太が、その手から逃げることはなかった。
「さ、まずは車に戻るぞ。食事代は今日は私が出す。また、お前たちが仕事に就いてたくさん稼いだら、美味しいものを食べに連れて行ってくれ」
「え? え? でも……」
「分かった。家族みんなを連れて、とんかつ屋さんで二人で奢るから、楽しみに待ってて。ね、いっちゃん」
「え? あ、え? ええ? とんかつ?」
「とんかつは高いぞ。大丈夫か?」
「だから、待っててって」
「ははっ。気長に待つよ」
外で食べたら、いつもなら、食事が終わった直後にあるはずのやり取りだった。一太は、誰かに自分の糧を払ってもらうことなんて、いまだに思い付きもしない。いつも、最終的には、父が一太の一人分の代金を受け取って終わるやり取り。
そのやり取りすら、食事を終えた直後にすることなく立ち上がった。そして、車に乗った一太が、自分の分をどうしても払う、と言い出すこともなかった。
そのまま、一太は睡魔と戦っている。何故、寝ないのか。こんなに眠そうなのに。
晃の心配事は、どんどん増えていく。
二人の家に着く頃になって、一太はようやく寝落ちした。
「寝たのか」
車内に流れる音を絞り、黙って運転してくれていた父が、声を潜めて聞いてくる。
「寝た」
「……晃。学校は、もう冬休みだろう? このまま、うちに帰らないか」
「え……?」
「晃。一太は今、あきらかにおかしい。周りに、たくさんの手と目がある方がよくないか?」
「…………」
一太に、バイトを休ませることがいいのかどうか、晃には判断がつかなかった。
「手ぶらでいい。うちに、お前の服が少しは残っているだろう。無ければ買えばいい。このまま、うちに帰る。バイト先へは、お前が連絡しなさい」
一度車を止めて、晃の膝に頭を乗せて眠る一太を見た父は、きっぱりと言った。
同じように、膝の上で横を向く一太の顔を覗き見た晃も頷いた。
寝ている一太は、青白い顔をして、人形のように静かだった。
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