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288 ◇願い
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晃は、珍しく少し早くに目が覚めて隣の布団へ視線を向けた。一太が、ちゃんと布団に入って寝ているのが見えて、ほっとした。
昨日、役所から一太へかかってきた電話の件は、まだ仕事中と分かっている時間だったけれど、緊急だからと父へすぐに連絡した。話を聞いた父は、それは、その相手を扶養するのが無理な理由や証明書を提出することで断れるから大丈夫だ、と明言してくれた。
一太は、今現在学生である。隠している財産など無いことや、バイト代で余裕なく暮らしていることは簡単に証明できる、と父は言った。
四月から就職することも問題ない、とも。内定先の給料の額は分かっているから、自分の生活費を全て賄うだけで精一杯になるだろうことも、簡単に証明できるらしい。内定先の給料の額と、一人暮らしで平均的にかかる住居費や食費、日用品費などの額を示したものを並べれば、もう一人誰かを養うことなどできないのは一目瞭然だそうだ。
その人は病気で入院した、と役所の人間は言っていたという。それも、扶養することを断れるよい材料になる、と父は言ってくれた。普通の生活も、一太の給料で二人は無理だろうと思われるのに、入院費や病気の治療費なんて払えるはずがない。
そして、給料をもらえることはまだ予定でしかないのだ。内定しているだけなのだから。
それらの不確定要素がそのままのうちに大急ぎで書類を提出してしまおう、と父は言った。
夢も希望もないことを色々言って申し訳ないが、と仕事口調の父は淡々とそれらを一太に説明していた。
「いえ。ありがとうございます。とてもありがたいです」
「証明書類の方は、私が作ろう。その方が、受け取ってもらいやすいと思う」
「はい」
「ただ、一つだけ。一太くんが直筆で、その人の面倒をみられない理由や心情を綴ってほしい」
「理由、ですか……? 先ほどの、金銭的に無理だという話を文章で書くんですか?」
「いや。その人の、君への扱いがどうであったのかを文字にしてほしい。共に暮らしていた時、どのように育てられていたのか、どんな言葉をかけられていたのか」
「俺、育ててもらってなんて……」
「ああ。そう書いてくれ。君がその人のことをどう思っているのかも全部書いたらいいんだ。それもまた、扶養できない、共に暮らせない理由になるだろうから」
「……分かりました」
その後、予定通りバイトへ出かけた。一太の中に、バイトを休むという選択肢はないからだ。倒れて動けない状況でもない限り、休むことの方が一太のストレスになることを晃はもう分かっているので、仕方なく一緒に出勤した。同じ時間のシフトだったのは運が良かった。
役所からの話はしっかりと断れる目処がついて、一太は落ち着いたように見えた。バイト中は、いつも通りだった。
だが、帰ってからはすっかり物思いに沈んでいて、晃が促してやっと食事をとり、お風呂に入り、という状態だった。そんな状態だったから、早く寝ようと声をかけたのに、先に寝ていてくれと言われてしまったのだ。
「手紙、書く、から……」
父の言っていた、直筆の。
その人との、これまでのことを綴れと、父は一太に言った。
それは一人で考えたいのだろうな、と理解できたから。
だから、晃は、おやすみと言って先に寝室に入ったのだった。
大丈夫だっただろうか。
晃は、もぞもぞと布団を引きずって動いて、一太の近くに顔を寄せる。赤い目尻。頬に涙のあと。
大丈夫な訳がない。大丈夫な訳がないのだ。
やっと……やっと一太は笑って暮らせるようになったのだ。一太の思い描く、普通の生活を手に入れたのだ。もう頼むから放っておいてほしい、と晃は切実に願った。
昨日、役所から一太へかかってきた電話の件は、まだ仕事中と分かっている時間だったけれど、緊急だからと父へすぐに連絡した。話を聞いた父は、それは、その相手を扶養するのが無理な理由や証明書を提出することで断れるから大丈夫だ、と明言してくれた。
一太は、今現在学生である。隠している財産など無いことや、バイト代で余裕なく暮らしていることは簡単に証明できる、と父は言った。
四月から就職することも問題ない、とも。内定先の給料の額は分かっているから、自分の生活費を全て賄うだけで精一杯になるだろうことも、簡単に証明できるらしい。内定先の給料の額と、一人暮らしで平均的にかかる住居費や食費、日用品費などの額を示したものを並べれば、もう一人誰かを養うことなどできないのは一目瞭然だそうだ。
その人は病気で入院した、と役所の人間は言っていたという。それも、扶養することを断れるよい材料になる、と父は言ってくれた。普通の生活も、一太の給料で二人は無理だろうと思われるのに、入院費や病気の治療費なんて払えるはずがない。
そして、給料をもらえることはまだ予定でしかないのだ。内定しているだけなのだから。
それらの不確定要素がそのままのうちに大急ぎで書類を提出してしまおう、と父は言った。
夢も希望もないことを色々言って申し訳ないが、と仕事口調の父は淡々とそれらを一太に説明していた。
「いえ。ありがとうございます。とてもありがたいです」
「証明書類の方は、私が作ろう。その方が、受け取ってもらいやすいと思う」
「はい」
「ただ、一つだけ。一太くんが直筆で、その人の面倒をみられない理由や心情を綴ってほしい」
「理由、ですか……? 先ほどの、金銭的に無理だという話を文章で書くんですか?」
「いや。その人の、君への扱いがどうであったのかを文字にしてほしい。共に暮らしていた時、どのように育てられていたのか、どんな言葉をかけられていたのか」
「俺、育ててもらってなんて……」
「ああ。そう書いてくれ。君がその人のことをどう思っているのかも全部書いたらいいんだ。それもまた、扶養できない、共に暮らせない理由になるだろうから」
「……分かりました」
その後、予定通りバイトへ出かけた。一太の中に、バイトを休むという選択肢はないからだ。倒れて動けない状況でもない限り、休むことの方が一太のストレスになることを晃はもう分かっているので、仕方なく一緒に出勤した。同じ時間のシフトだったのは運が良かった。
役所からの話はしっかりと断れる目処がついて、一太は落ち着いたように見えた。バイト中は、いつも通りだった。
だが、帰ってからはすっかり物思いに沈んでいて、晃が促してやっと食事をとり、お風呂に入り、という状態だった。そんな状態だったから、早く寝ようと声をかけたのに、先に寝ていてくれと言われてしまったのだ。
「手紙、書く、から……」
父の言っていた、直筆の。
その人との、これまでのことを綴れと、父は一太に言った。
それは一人で考えたいのだろうな、と理解できたから。
だから、晃は、おやすみと言って先に寝室に入ったのだった。
大丈夫だっただろうか。
晃は、もぞもぞと布団を引きずって動いて、一太の近くに顔を寄せる。赤い目尻。頬に涙のあと。
大丈夫な訳がない。大丈夫な訳がないのだ。
やっと……やっと一太は笑って暮らせるようになったのだ。一太の思い描く、普通の生活を手に入れたのだ。もう頼むから放っておいてほしい、と晃は切実に願った。
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