【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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282 即決

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「おーい。とりあえずサイズ測れ。店員さんが待ってくれてるぞ」

 自分の用事が済んだ安倍が、晃と一太の左手を掴んでショーケースの上にぽん、と置く。

「薬指測ってくださーい」
「あ、はい。失礼します」

 店員がまず、晃の左手の薬指に輪っかをはめて、サイズを確かめていく。晃は、にこにこ、にこにことずっと笑顔だった。
 一太は安倍の言葉に、ああそうか、どちらの手のどの指かも言わなくてはいけなかったのだ、と驚いていた。確かに、指は十本もある。

「まあ、あれだ。恋人がいますとか、結婚してますって印は、左手の薬指に付けるもんなんだ」

 一太の内心に気付いたらしい安倍が、説明してくれた。なるほど、なるほど。なら、他の指につけている人にはまた、別の意味があるのだろうか。

「お二人とも、大変細いですねえ」

 晃に十三号、一太に九号とサイズを伝えてくれた店員が、少し驚いた声を上げた。

「そうなんですか」
「ええ。その、男性の方にしては」
「村瀬くん、私と一緒だよ」

 女性サイズなのか、と一太は少し落ち込んだ。身長や体重が、男性の平均には全く足りていないことは分かっていたが、まさか指のサイズまでそうだとは思いもしなかったのだ。

「あの。よく出るサイズなので、デザインは大変豊富にありますよ。お直しの代金もかからないですむと思います」

 店員の言葉に、このサイズで良かった、と一太は気を取り直した。どんなにご飯を頑張って食べても、指を太くするのは難しいだろう。なら、お直しの代金がいらなくて良かった、と思っておこう。

「晃くん。好きなのある?」
「いっちゃんは、どんなのにしようと思ってたの?」

 ゆっくりとショーケースの中をのぞき始めた二人の横で、安倍と岸田も一緒にのぞく。

「村瀬に、装飾品が分かるわけねえべ」
「安倍くんにも、分かるとは思えなかったんだけど」

 晃は、ちらりと岸田の指に光っている指輪を見て、くっくっと笑った。

「これは素敵だと思うよ」
「おう。俺もな、自分を褒めてやりたいくらい良いもの選んだ、と思ってるんだよ」
「調子いいこと言ってー、って言いたいとこだけど、私もすごく気に入ってるから、何も言えなーい」

 一太は、岸田の指輪をじー、と見つめる。そんなに言うほど、何がついている訳でもない指輪だ。特別に出っ張っている所もなく、蔦のような模様が彫ってある細いもの。ショーケースの中にある、色のついた石が幾つかついていたり、二重になっていたりするものより、邪魔にならなくていいな、と思った。

「うん、いい」
「お。村瀬もそう思う?」
「つけたまま、生活できそう」
「ああー。村瀬の基準、そっち……」

 一太には飾りのことは何にも分からないから、つけたままで生活できるのがいい、と思ったのだが、何か違っただろうか。しょっちゅう付けたり外したりして、無くしても困るし。

「あ、あれは?」

 もう四人でお揃いでもいいのでは? と一太が思ってしまった辺りで、ショーケースを真剣に覗いていた晃が一つの品を指差した。
 シンプルな銀色の指輪は、二つ重ねて模様が繋がっているのが分かる。二つでセット売りの商品。
 おお、と一太が目をやると、あっという間にケースから出して見せてもらった晃は、

「これにする」

 と、即決してしまった。

「へ?」

 一太としては、まずは指輪とはどんなものなのかを確かめに来ただけだったので、晃の即決にぽかんとするばかりだ。二つセットなので、考えていた倍の値段となっている。

「え? え? 晃くん、ちょ、ちょっと待っ」
「ん? いっちゃん、他に気に入ったのある?」
「あー、いや、うーん」

 他に?
 ぐるりと見渡すが、今、晃が出して貰っている品が一太も一番好みだ。一太の表情で、晃も分かっているのだろう。

「まずは一個目だよ、一個目」
「えー。うーん。うん?」
「村瀬、諦めろ。ああなった松島は止まらん」
「うーん? うん?」

 流れるように、一太は恋人がいる証を手に入れてしまった。
 晃はもうずっと、顔が溶けるんじゃないかというほど笑っていた。
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