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276 帰る場所
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「うん。晃は今の町で就職先を探すつもりなんだな。一太くんはどうだ? どこでも、では範囲が広すぎる。しっかりと考えて、自分の思うことを言ってごらん」
「え? 俺?」
晃が、今住んでいる町で、あの部屋から通える仕事を探すつもりだと聞いて内心喜んでいた一太は、誠に名前を呼ばれて心底驚いた。どうして、一太の行き先までそんなに気にしてくれるのだろう。
あ、そうか。晃くんと一緒にいるから、俺がしっかり仕事に就かないと、生活費が半分分けできないんだよな。それは気になるかもしれない。
「一太くんは、他の町へ移りたいんじゃないのかい? 今の町は、弟君に知られてしまっているだろう? 恐ろしくはないかい? 私は、君と弟君はもう会わない方がよいと思っている。暴力や暴言の記憶は、そう簡単に消えるものじゃない。恐ろしいものから逃げるのは何にも悪いことじゃないからね。住所を変えたから、そう簡単にはたどり着けないだろうが、万が一ということもある。住む町を変えてしまえば、よりいっそう安心できるのではないか?」
「え。あ……」
誠は、ただただ、一太の心配をしてくれていた。ああ、そうだった。この家の人は皆そうだ。ずっと、最初からずっと、一太に聞いてくれた。何も隠さず教えてくれて、その上で君はどうしたい? と聞いてくれる。
「俺、は……」
「うん」
「あの町が好きです。たくさんの楽しい初めてをできたあの町が、好きです。道もだいぶ覚えたし、あの、今住んでいる部屋もすごく好きで、あの、晃くんと、できるなら今のままもう少し、一緒に……」
こんなことは、聞かれていなかった。就職先をどこにしようと考えているのか、と聞かれていたのだった、と一太の声が小さくなりかけたところで、
「それで?」
と、誠が相づちを打ってくれた。
「弟は怖いけど、でも、あの町が好きだから、あの町で、今の部屋から通えるところで就職したい、です」
「ん、そうか」
誠は、大きく頷いて一太の方へ手を伸ばし頭を撫でてくれた。一太は、その大きな手がもう、怖くなかった。
「あらー。じゃあ帰ってこないのね。仕事もして家のこともするのは大変だから、帰ってきたら安心だと思ってたのに」
陽子が、がっかりした声を出す。
「今もちゃんとしてるんだから、大丈夫だよ」
「ちゃんと、ねえ」
「何? 本当にちゃんとしてるだろ?」
「いっちゃん。家事は半分こよ。約束よ?」
「え? あ、はい。いつも半分こしてます」
「そお? 辛くなったらすぐ言うのよ? 長い休みの時は帰ってくるのよ」
「はい」
帰る場所がある。
どこで何をしていても。
一太は、そんな場所を手に入れたのだ。
「え? 俺?」
晃が、今住んでいる町で、あの部屋から通える仕事を探すつもりだと聞いて内心喜んでいた一太は、誠に名前を呼ばれて心底驚いた。どうして、一太の行き先までそんなに気にしてくれるのだろう。
あ、そうか。晃くんと一緒にいるから、俺がしっかり仕事に就かないと、生活費が半分分けできないんだよな。それは気になるかもしれない。
「一太くんは、他の町へ移りたいんじゃないのかい? 今の町は、弟君に知られてしまっているだろう? 恐ろしくはないかい? 私は、君と弟君はもう会わない方がよいと思っている。暴力や暴言の記憶は、そう簡単に消えるものじゃない。恐ろしいものから逃げるのは何にも悪いことじゃないからね。住所を変えたから、そう簡単にはたどり着けないだろうが、万が一ということもある。住む町を変えてしまえば、よりいっそう安心できるのではないか?」
「え。あ……」
誠は、ただただ、一太の心配をしてくれていた。ああ、そうだった。この家の人は皆そうだ。ずっと、最初からずっと、一太に聞いてくれた。何も隠さず教えてくれて、その上で君はどうしたい? と聞いてくれる。
「俺、は……」
「うん」
「あの町が好きです。たくさんの楽しい初めてをできたあの町が、好きです。道もだいぶ覚えたし、あの、今住んでいる部屋もすごく好きで、あの、晃くんと、できるなら今のままもう少し、一緒に……」
こんなことは、聞かれていなかった。就職先をどこにしようと考えているのか、と聞かれていたのだった、と一太の声が小さくなりかけたところで、
「それで?」
と、誠が相づちを打ってくれた。
「弟は怖いけど、でも、あの町が好きだから、あの町で、今の部屋から通えるところで就職したい、です」
「ん、そうか」
誠は、大きく頷いて一太の方へ手を伸ばし頭を撫でてくれた。一太は、その大きな手がもう、怖くなかった。
「あらー。じゃあ帰ってこないのね。仕事もして家のこともするのは大変だから、帰ってきたら安心だと思ってたのに」
陽子が、がっかりした声を出す。
「今もちゃんとしてるんだから、大丈夫だよ」
「ちゃんと、ねえ」
「何? 本当にちゃんとしてるだろ?」
「いっちゃん。家事は半分こよ。約束よ?」
「え? あ、はい。いつも半分こしてます」
「そお? 辛くなったらすぐ言うのよ? 長い休みの時は帰ってくるのよ」
「はい」
帰る場所がある。
どこで何をしていても。
一太は、そんな場所を手に入れたのだ。
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