【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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272 ろうそくを吹き消した記念日

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「ろうそく、どうする? 二十一本立てるよな」

 クラッカーが出てきた安倍の手提げ袋から、今度はろうそくがごそりと出てくる。ケーキを取り出した箱からも、ろうそくが五本ほど入った袋が出てきたのだが、足りない分を買い足してきてくれたらしい。

「あはは。二十一本って多いって。十の位が二本と一の位一本の三本でいいんじゃない?」
「そうか? 俺、二十一本立てるつもりで買ってきたぞ。立てようぜ。な、村瀬」

 ろうそく、ろうそく……。誕生日おめでとうって言って、ふう、と消す一連の流れ。一歳は一本、二歳は二本、一つずつ増えるろうそくを消して……。

「あ、え、俺、えーと」

 どっちが正解? どうするのが普通? どうしたらいい?

「いっちゃん。ろうそく、吹き消したい?」

 晃が、後ろからぎゅっと抱きついてきた。普通を探してさ迷っていた思考が、落ち着いてくる。
 ろうそくを吹き消したいかって? そんなの決まってる。

「吹き消したい。してみたい」
「よし。二十一本だ」
「よっしゃ、任せろ」
「もー。大変なのに」

 岸田は二十一本のろうそくを立てることを渋っているが、晃と安倍はノリノリである。つまり、どちらを選んでもおかしくはないらしい。うん。やりたい方を選んだらいいんだ。
 一太が、わくわくと見ているうちに、ケーキの上はろうそくだらけになった。見栄えは、非常によろしくない。
 
「よし。カーテン引いて部屋を暗くしよう。僕、ピアノ弾くね」
「おう、頼む。火点けるぞー」
「手早くだよ。急がないと、ろうが溶けて大変なんだからね」
「大丈夫、大丈夫。任せろ」
「もう、つよしくんは。いい加減なことばっかり言って」
「村瀬、ケーキの前に座れー」

 カーテンを引いて暗くなった部屋に、ろうそくの明かりがぽつぽつと灯っていく。晃が、電子ピアノの前に座った。近所迷惑にならないように、窓は全部閉めてある。エアコンが静かな音を立てていた。

早織さおり、カメラ頼むぞ」
「はーい」

 岸田が、ろうそくの明かりが揺れるケーキとケーキの近くに座った一太にスマホを向ける。晃のピアノ演奏が始まった。また、一太が知っているのとは違う、けれど誕生日の曲と分かる伴奏だ。

「さんはい、ハッピーバースデートゥユー、ハッピーバースデートゥユー♪」

 三人の歌声が綺麗に重なった。安倍は、楽しそうに手拍子を打っていて、岸田もスマホを構えてにこにこと歌っている。晃も、思う存分鍵盤を鳴らしていた。時々、一太の方を向いて嬉しそうに笑っているのが、薄闇に慣れた一太の目に映る。

「ハッピーバースデートゥユー。村瀬くん、誕生日おめでとう!」
「村瀬、誕生日おめでとう!」 
「いっちゃん、誕生日おめでとう!」

 最後にばらばらと響いた三人の声に促されて、一太は思いっ切りろうそくを吹いた。本数が多くて一度では消えなくて、二度三度と、消えていないろうそくを狙って息を吹きかける。

「おめでとう」

 と、もう一度言われて、拍手が響いた。

「ありがとう」

 一太は、なんだか感動してぼんやりとケーキを見ていた。動画と写真を撮り終えたらしい岸田がスマホを置いて、カーテンを開けて回る。眩しさに目を瞬かせる一太に向かって、安倍が大笑いしていた。

「ははは。村瀬、お前肺活量少なすぎ」
「剛くん、ろうそく立てすぎなんだって」
「たくさんのろうそくも綺麗だったよー。いっちゃん、おめでとうね」

 晃が、一太を抱き込むように後ろに座った。

「松島くんのピアノも流石。素敵だったー」
「ありがとう」
「俺もあんくらい弾けるって。弾いてやろうか? あ、その前に、ろうそく二十一本、一気に消してみたい。なあ、もう一回火点けていい?」
「なんで?」
「なんでだよ」

 岸田と晃が、即座に突っ込んでいる。

「え? いや、二十一本一気に消せるってことを村瀬に見せてやろうかと」
「いいって」
「いいって」
「ええー。やりたい」
「ぷ。あは。あはははは」

 晃に包まれて座りながら、一太は面白くて堪らなくなってきた。
 安倍の自由さが楽しい。
 やりたいこと、言っていいのか。こんな思い付きでぽんぽん喋っても、誰もおかしいって言わないのか。なんで? って言われても、やりたいって言っちゃうのか。

「いっちゃん?」
「あは。あはは。うん、見せて。安倍くんのろうそくの一気消し。見たいな」
「よし、任せろ」

 安倍が勢いよく吹いたろうそくは二本消えずに残って、もう一度やるという提案は、もちろん却下された。
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