267 / 398
267 引っ越し
しおりを挟む
引っ越しまでは、あっという間だった。
晃が、気に入った、と言った物件を、一太もものすごく気に入ったので、躊躇いなく頷いた。松島家に初めてお邪魔した時から、いいなあ、と思っていた対面式のキッチンだ。
明るく開けた空間へ目をやりながら料理ができるなんて最高だなあ、と思っていた。一太は、壁に向かって料理をしていると、昔のことを思い出すことがある。料理が嫌いだった頃の思い出だ。こうして前が開けていれば、そんなことを思い出すことは無さそうな気がした。なにより、晃の姿を見ながら料理ができる。ここがいい! と強く思った。
晃くんは、二人で布団が並べて敷ける和室が気に入った、と言っていた。それもいい。一太も、これからも晃くんと並んで寝たいなと思っていたから、満面の笑顔で、いいねえ、と言ってしまった。
それを見た誠が、ここにしようか、と決定の言葉を言ったのだ。
もともと、月々の家賃はこのくらいまでで、と決めて物件を絞り込んでからの内見だったので、実際見て二人が気に入ったらそれで決まりだった。周辺も静かで、上下二軒だけというのもいいな、と誠が言って、いっちゃん、この形のキッチンだとね、料理しながらテレビも見れるのよ、と陽子が言った。
テレビを見ながら料理する、なんて考えたこともなかった一太は、へええ、と笑った。明るい方向を見ながら料理できる、どころではない。賑やかな画面を見ながら、料理ができるらしい。
そんなこんなで、その日のうちにちゃっちゃと契約した。六月という半端な時期に空いた物件だったので、契約してもらえて嬉しい、と不動産屋も喜んでくれ、話は大層スムーズだった。提携している引っ越し業者を安くで案内してくれたので、翌週すぐに引っ越すことにして、今住んでいる物件の手続きも終わらせた。
今、晃が使っていたベッドはリサイクルで引き取ってもらい、家電製品や家具、衣類、布団を積み込んで、大学を挟んで反対側の地域に移動した。大した距離では無いと思ったけれど、やはり専門家に頼んで良かった。新しい家は二階なので、家電製品などを素人が運ぶのは大変だったに違いない。
物件を契約した足で家具屋へ行って新しく買った三人掛けのソファと、カウンターの前に置く椅子二つ、窓にあったサイズのカーテンも引っ越しの日に運び込まれて、あっという間に二人暮らしのための部屋が完成した。
今まで住んでいた部屋のロフトから最後に室内を眺めて、一太は少し泣いた。ここも好きだったな、と思って。十年以上暮らしていた家のことなど、悪夢の中でしか思い出さなかったのに。たった半年ほど暮らした部屋とお別れするのがこんなに寂しいなんて、不思議な感じだった。
「いっちゃん、これからも楽しく暮らそうね」
と、晃が笑ってくれるから、これからの生活も楽しみだな、と一太は涙を拭いて笑い返した。
お隣の大学生さんには、本当にご迷惑をお掛けしましたと謝って、上等なタオルを渡した。お元気で、と言ってもらって、また少し寂しくなった。
そして、新しい住居の一階の住人、大家さん、反対側の一軒家とお向かいの一軒家にも上等なタオルで挨拶をして、二人の新しい生活が始まった。ご近所さんは年配の方が多く、皆明るく歓迎してくれた。
二階の部屋ということにも、一太は心の底から安心したらしい。落ち着いた生活が始まった。
晃が、気に入った、と言った物件を、一太もものすごく気に入ったので、躊躇いなく頷いた。松島家に初めてお邪魔した時から、いいなあ、と思っていた対面式のキッチンだ。
明るく開けた空間へ目をやりながら料理ができるなんて最高だなあ、と思っていた。一太は、壁に向かって料理をしていると、昔のことを思い出すことがある。料理が嫌いだった頃の思い出だ。こうして前が開けていれば、そんなことを思い出すことは無さそうな気がした。なにより、晃の姿を見ながら料理ができる。ここがいい! と強く思った。
晃くんは、二人で布団が並べて敷ける和室が気に入った、と言っていた。それもいい。一太も、これからも晃くんと並んで寝たいなと思っていたから、満面の笑顔で、いいねえ、と言ってしまった。
それを見た誠が、ここにしようか、と決定の言葉を言ったのだ。
もともと、月々の家賃はこのくらいまでで、と決めて物件を絞り込んでからの内見だったので、実際見て二人が気に入ったらそれで決まりだった。周辺も静かで、上下二軒だけというのもいいな、と誠が言って、いっちゃん、この形のキッチンだとね、料理しながらテレビも見れるのよ、と陽子が言った。
テレビを見ながら料理する、なんて考えたこともなかった一太は、へええ、と笑った。明るい方向を見ながら料理できる、どころではない。賑やかな画面を見ながら、料理ができるらしい。
そんなこんなで、その日のうちにちゃっちゃと契約した。六月という半端な時期に空いた物件だったので、契約してもらえて嬉しい、と不動産屋も喜んでくれ、話は大層スムーズだった。提携している引っ越し業者を安くで案内してくれたので、翌週すぐに引っ越すことにして、今住んでいる物件の手続きも終わらせた。
今、晃が使っていたベッドはリサイクルで引き取ってもらい、家電製品や家具、衣類、布団を積み込んで、大学を挟んで反対側の地域に移動した。大した距離では無いと思ったけれど、やはり専門家に頼んで良かった。新しい家は二階なので、家電製品などを素人が運ぶのは大変だったに違いない。
物件を契約した足で家具屋へ行って新しく買った三人掛けのソファと、カウンターの前に置く椅子二つ、窓にあったサイズのカーテンも引っ越しの日に運び込まれて、あっという間に二人暮らしのための部屋が完成した。
今まで住んでいた部屋のロフトから最後に室内を眺めて、一太は少し泣いた。ここも好きだったな、と思って。十年以上暮らしていた家のことなど、悪夢の中でしか思い出さなかったのに。たった半年ほど暮らした部屋とお別れするのがこんなに寂しいなんて、不思議な感じだった。
「いっちゃん、これからも楽しく暮らそうね」
と、晃が笑ってくれるから、これからの生活も楽しみだな、と一太は涙を拭いて笑い返した。
お隣の大学生さんには、本当にご迷惑をお掛けしましたと謝って、上等なタオルを渡した。お元気で、と言ってもらって、また少し寂しくなった。
そして、新しい住居の一階の住人、大家さん、反対側の一軒家とお向かいの一軒家にも上等なタオルで挨拶をして、二人の新しい生活が始まった。ご近所さんは年配の方が多く、皆明るく歓迎してくれた。
二階の部屋ということにも、一太は心の底から安心したらしい。落ち着いた生活が始まった。
273
お気に入りに追加
1,887
あなたにおすすめの小説
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる