【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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260 涙は流してしまうとすっきりする

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 晃にバイト先へ送り迎えしてもらうのは、本当に申し訳なかった。それでもさすがに、一人で大丈夫だとは言えず、休むなんて考えられる訳もなく、ごめんね、ごめんね、と謝りながら一太は家に帰った。
 本当に気にしないで、と根気よく答えてくれた晃は、一太を家に入れるとバイト先へ戻っていった。そんなに遠くないが、ごく近くでもない。歩いて片道十五分ほどの距離を何度も行き来させることになってしまって、本当に申し訳なかった。
 見送りはいらない、と晃は自分で鍵をかけて出ていった。一太を、自分のベッドの上に座らせて。そのまま、寝ていてもいい、と笑顔で言ってくれた。一太は、冗談に応えるために笑って頷いたのだが、上手く笑えていただろうか。もちろん、このまま寝るつもりなんて毛頭ない。
 頭の中では、この後の家での仕事が浮かんでいる。まずは、洗濯物を取り込んでしまおう。生乾きなら、乾燥機に入れてしまおうかな。今日は量が多いから、家の中で干していては間に合わない。米を研いで、炊飯器のタイマーをセットして、それから……。
 部屋の中は、しんとして薄暗い。今日の天気は曇り。いつもなら晃が、電気を点けなよって言う暗さなのに、電気を点けずに出かけて行った。寝ていていい、というのは、もしかして冗談じゃなかったのかな。でも、そんな訳にいかない。掃除機は、晃がかけてくれた。風呂掃除もしてくれた。時刻は昼過ぎ。この後の家事は、一太の担当だ。
 食事は、迎えに来た晃とバイト先のおにぎりで済ませた。一つ食べ切るのが精一杯だった。
 ベッドの上で、一太は膝を抱える。
 呼び鈴が鳴ったらどうしよう。
 大丈夫。鍵を開けなければいい。返事をしなければいい。
 居留守がバレたりしないだろうか。
 ううん。見えるわけがない。ここは、ちゃんとしたアパートなんだから。
 でも、ここは一階だ。庭側に回り込まれたら?
 そうだ、カーテンを閉めてしまおうか。
 ああ。その前に洗濯物を取り込んで……。
 膝を抱えて、ぐるぐる考える。仕事中は動けたのに、ちっとも体が動かなかった。
 焦るばかりの中、携帯電話が、ぽろりんとメールの着信を告げる。さっき晃が、すぐ連絡が取れるように、と一太の携帯電話の着信の音量を上げていったのだ。ついでに、いつも一太が鞄にしまいっぱなしの携帯電話を、手に持たせてくれていた。
 静かな部屋に音が鳴ったことで、ようやく息を深く吐き出す。知らず、呼吸まで浅くなっていたらしい。それでは、上手く動けないはずだ。
 一太は、手を動かして携帯電話の画面を覗き込んだ。
 一件のメールは、陽子からのものだ。

『いっちゃん、お仕事お疲れ様。もう家に帰った? 今日は晃とお仕事別々なんだね。一人で寂しくない? 大丈夫? 何かあれば、連絡くださいね。実習もお疲れ様でした。よく頑張ったねえ!』

 うわあ。なんでこんなにタイミングぴったりなんだろう、と一太は驚く。
 よく頑張ったねえ、の文字を何度も読み返した。
 頑張るのは当たり前だ。忙しい施設にお邪魔して学ばせてもらっているのだから、手抜きするなんて考えられない。当たり前のことを当たり前にしただけなのに。なのに、褒められてしまった。
 そうか。俺、頑張ったな。頑張ったんだな。
 ぽろぽろと、涙が頬に落ちてきて驚いた。弟のことが怖くて泣いているのか、陽子に、頑張った、と褒めてもらって嬉しくて泣いているのか、寂しくて、晃に早く帰って来てほしくて泣いているのか、自分でもよく分からなかった。
 よく分からない涙は、なかなか止まらない。一太は途中から止めるのは諦めて、誰もいないのだからと声も殺さず泣いた。泣いて、泣いて、すっきりしたら、ふらふらしながら家事を始めることができた。
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