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258 親切なお隣さんの話

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「おはようございます」

 泊まり十日間の実習を終えた翌日、一太が朝の仕事に行こうと部屋を出たら、お隣さんに出会った。一太は反射的に挨拶をして、頭を下げる。

「あ、おはようございます。あの、大丈夫でしたか?」
「え?」

 土曜の朝。大学は基本的に休みだから、しっかり身支度を整えて出てきたということはきっと、一太と同じでアルバイトにでも行くのだろう。それとも、土曜も大学で勉強だろうか。真面目そうなお隣さんとは、生活のリズムも同じで、とても付き合いやすい。ゴミ袋を手にして、捨ててから行くつもりなのだろう所も、同じように生活している感じがして、ほっとする。まあ、十日間留守だった一太たちは、今日は出すようなゴミが無く、手ぶらなのだが。
 そういえば、のぞむが急に訪ねてきて殴られた時にも、お隣さんが証言したりして助けてくれたんだったな、なんて一太が思ったのは、何かの予兆だったのか。

「あの。一週間ほど前……だったかな。また、あの、乱暴な男の子が来てて」
「え……?」
「聞いてない……ですか?」
「はい……」

 体が、知らずかたかたと震え出す。

「騒いでいたから、警察に通報して来てもらったんですが、その後のことは知らなくて。連絡が無かったのなら、特別何も無かったのかな? その後は、見かけていないし」

 お隣さんは、にこりと笑う。

「あ、あ。え、と、その。ご、ご迷惑を……」
「何とも無かったなら良かったです。では」

 一太が頭を下げると、お隣さんは手を振って行ってしまった。

「あ、はっ。はっ」
 
 一太は、酷い動悸に襲われて、俯いたまま胸を押さえた。
 のぞむが、また来た? のぞむが?
 怖い。嫌だ。怖い。
 必死で深呼吸して、目をつぶる。
 大丈夫。今ここにいない。大丈夫。
 でも、また来るかもしれない。二回も来たんだ。また……。
 大丈夫。一週間前。もう来ていない。大丈夫。
 そんな事を繰り返しているうちに、くらりと目眩がして立っていられなくなる。慌てて、出たばかりだった部屋の扉に、どん、と体をもたれさせた。

「え? なに?」

 狭い部屋だ。どこに居ても、その音は聞こえたのだろう。晃が扉をあけようとして、扉前の一太に引っかかって開けられず焦っている。

「あ、あ。ごめん」

 一太は慌てて避けて、バランスを崩して地面に座り込んだ。

「いっちゃん? どうした?」
「何でもな……」

 言いかけて、晃の顔を見上げる。何でもなくは無い。すぐに立ち上がれもしないくせに、そんな事を言えば、それはただの嘘つきだ。

「あ、うん。ううん。何でもなくない。……のぞむが。のぞむが来たって、お隣さんが」

 晃が息を呑む音が聞こえて、一太はただただ、晃とお隣さんに対して申し訳なく思った。
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