【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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247 手は出していない

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 三月には、安倍と晃の二人でホワイトデーのお菓子を作る、と言い出した。二月と同じように、晃と一太の住む部屋に集まって、二月とは逆の配置につく。
 のんびりしてて、と言われた一太と岸田は、ベッド横のスペースにちょこんと並んで座っていたが、二人の手つきのあまりの覚束なさと、

「あれ? 砂糖多くね? 器の重さ引いた?」
「レモン汁、まだ入れちゃ駄目だ! 最後に入れるんだよ」

 なんて会話にはらはらしながら、見守っていた。大まかには、材料を入れては、電動泡立て器で混ぜていくだけらしい。
 作っている様子をスマホで何枚か写したが、真剣に作業している松島も安倍も気付かなかった。

「本でも読んでてって言われたけど、集中できない」
「うん」

 一太と岸田は、顔を見合わせて笑う。

「なんかさ。子どもの相手する時も、つい手を出しちゃうんだよね、私」
「分かる。見守るのって難しい」
「ね。頑張って自分でやろうとしてる間は手を出さない。けど、できないって癇癪起こす前に、ちょっとだけ手助けするってとんでもなく難しいよね」
「自分で全部やった方が早いし楽って思っちゃう」
「ほんと、それ」

 同じ勉強をして、同じように実習をしている人と、同じような悩みを話せるのっていいもんだなあ、と一太は思った。大学に入って良かった。

「ベテランの先生たちってすごいよね。シールとか、ほんとに端っこだけめくって、そこから剥がせるようにして置いておいたり、ズボン自分で履きたいって頑張った子の、ズレてるお尻側のウエストをちょい、と一動作で直してしまったりさ。全然バレずに手伝っちゃう」
「いつか、そんな風に出来るようになるのかなあ」
「ならないとね」

 四月からは、実習が目白押しだ。戦力にはなれなくても、せめて邪魔をしないように、手伝いの手にはなりたい。
 一太が、話しながらそんなことを考えていたら、静かになったキッチンに目を向けた岸田が、ふと言った。

「ケーキの型を準備してるけど、オーブン、予熱してたっけ?」
「してないんじゃない?」
「予熱いらないケーキとか?」
「そんなケーキ、ある?」
「私は知らない」
「俺も」
「……」
「……」

 顔を見合せてから、立ち上がる。二人で近付くと、

「こら。来るな」

 と、安倍に言われた。

「あー、あのさ。オーブンって予熱しなくてもいいの?」

 一太がおずおずと言うと、

「あ!」

 と、晃の大きな声が上がる。一太と岸田に背を向けて二人で何かを確認して、晃が無言でオーブンのスイッチを押した。
 一太と岸田は、それを見届けて元の位置に戻る。

「駄目だ。黙って見守れない……」
「手を出してないからセーフじゃないかな」
「そういうことにしよ」

 無事にオーブンに放り込まれたチーズケーキは、少し焼き色が薄かったが、冷える前はふわふわで、よく冷やした後はずっしりとして、とても美味しかった。
 チーズケーキを冷やしている間に食べた鍋も、鍋の素のパッケージに書いてある通りに作って、美味しくできた。安倍の提案する、パッケージには書いていない具を入れなかったのが成功だったのだろう。

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