【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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246 いつものカレーが特別美味しかった

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「ああ。まじ旨い。家のカレー、すっごい久しぶりに食べた」
「私も。一人だと作らないよねえ。レトルトになっちゃう。村瀬くん、凄い」
「俺、学食でたまに食べる。あれも旨いんだけど、おかわりができないんだよなあ。おかわりに金がかかる」
「そりゃ、そうでしょ」

 安倍と岸田の軽いやり取りに、一太は、あははと笑った。あきらも、楽しそうにしている。
 普通に作った普通のカレーをものすごく褒められて、少し戸惑っている。晃もいつも、美味しいと言ってくれるが、でもカレーだ。隠し味も何もない、本当に素の、ルーの箱に書いてある通りのカレーなのだ。
 
「今度一緒に、鍋とかしようぜ」
「あ、いい。やりたい」

 鍋かあ。作ったことないな、と一太は思った。一人づつ分けられる料理じゃないと、考えなしののぞむがいくらでも食べてしまうからだ。だから、一人分づつお皿に盛れる料理しか作ったことがない。陽子に教えてもらったすき焼きを、晃と二人で何度かしたくらいだ。
 
「おかわり!」
「あ、うん」

 立ち上がろうとした一太を、安倍と岸田が止める。

「自分で行くから大丈夫」
「村瀬くん、座ってて。おかわりは自分で入れればいいんだから」
「へ?」
「おかわりするよって宣言だから。やってくれって言ってるわけじゃないから」
「そ、そうなの?」
「あれ? 松島、やってもらってる感じ?」
「ちゃんと自分でしてるけど?」

 晃に冤罪がかかった。おかわり、と言われて一太が反射的に立ち上がるのは、のぞむに対応していた頃の癖である。その頃は、共に座って食べるなどあり得なかったし、食卓から一太の姿は見えないようにして、けれど近い場所に立って控えていた。おかわり、の声に遅れないように。

「あ、あの。晃くんは自分でしてる、けど、おかわりとか言わなくて」
「あ、なるほど。松島、宣言なしなんだ」
「宣言って。おかわりって言うといっちゃんが立っちゃうから」
「ああ、なるほど」

 安倍は喋りながら、一杯目と同じだけカレーを器に盛って座り直した。

「村瀬。おかわりは、おかわりする人が自分で持ってくる。これ、当たり前な。で、おかわりって口で言うのは、美味しかったからもっと食べるよ、ってのを作ってくれた人に伝えてるだけだから。誰かが、おかわりって言っても立たなくていい」
「分かった」

 晃にも何度か言われていた。安倍も言っているし、岸田も頷いているから、これが普通。覚えておこう、と一太は頭の中で、何度も自分に言い聞かせる。おかわり、で立たなくていい。またひとつ、普通を知った。
 頷きながら、丼に入れたカレーを食べる。カレー皿が二枚しかないから、晃と一太のカレーは丼に入れたのだ。
 これは普通じゃない。でも、見た目は奇妙だけど、味はいつも通りだ。皆が褒めてくれたカレーは、いつも通りの味。
 三杯目にいこうとして、大きいおやつがあるんだからやめなさい、と岸田に止められている安倍に笑いながら、カレーを食べる。
 いつも通りに作って、いつも通りじゃない器に入れたカレーは、いつもより美味しい気がした。
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