【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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239 暖かい世界

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 息を切らせて病院にやって来たあきらは、ベッドに座って話している一太を見て、ふうぅ、と長い息を吐いた。

「よか、良かった、いっちゃん。元気そうで」
「大丈夫ってメールしたでしょ」
「そうだけど。そうなんだけど」

 陽子の言葉にもごもごと返事を返して、晃は小さなハンカチで汗を拭った。季節は冬だというのに、どれだけ急いで病院まで来たのだろう。羽織っていたジャンバーを脱いで手に持ち、眉を下げて一太のベッド横に立った。

「お、おかえり?」
「ただいま」

 なんと言えばいいのか、悩んでから一太が言った言葉は不自然に語尾が上がってしまったが、にっこり笑った晃は、普通に答えてくれた。

「皆、心配してたよ。ゆっくり休んで、しっかり治してきてねって」
「みんな……?」
「店長も、田谷たやさんも丸川まるかわさんも田上たのうえさんも、みんな」

 今日の朝は休みのはずだった仕事仲間の田上たのうえの名前が出てきて、一太は申し訳なくなった。田上たのうえさんは、今日は夜のシフトだったはずだ。夜はどうするんだろう。

「シフトは何とかするから、しっかり治してから、また来てくださいって店長が言ってたから。いっちゃんは何にも心配いらないからね」
「うん……」

 そうだ。一太がここでヤキモキしたところで、何の足しにもなりはしない。どうしても、手伝いにはいけないのだ。ちょっと恨めしげに、点滴の針に目をやってしまう。繋がっているコイツが、どうにも邪魔だった。
 陽子が、座っていたベッド横の椅子から立ち上がって晃に譲る。晃は、遠慮なくそこに座って、また話し始めた。

「店長が、お見舞いって言って果物をくれようとするからさ。今、いっちゃん、治療で何にも食べられないから貰えませんって言ったら、それはへこむなぁ、俺には耐えられないなあって本当に嫌そうな顔しててさ。丸川まるかわさんが、店長も何日か絶食しないと、最近お腹が出てきてヤバいですよって言って、皆で大笑いしてたんだよ」

 晃の話に出てくるバイト先の人たちの姿や口調が頭に浮かんできて、一太はふふ、と笑ってしまう。

田谷たやさんは、村瀬くんがまた痩せてしまうってすんごく心配してた。退院したら、たくさん食べさせるようにって約束させられたよ」
「俺、すごく太ったから全然大丈夫なのに」

 晃と知り合ってから、三食きっちり食べて、デザートも食べて、何ならおやつも食べて、一太の体にはどんどん肉が付いている。体重は確実に増えているはずなのに、体の動きは軽くなっていくのが不思議だった。とはいえ、少ない食べ物で生きていたために小さくなってしまった一太の胃は、食べ過ぎると腹を下すので、一太のできる範囲での大食いだ。それでも徐々に体に肉が付いて、かかりつけ医や晃や友達、松島家の人たちに、しっかり食べて偉い、と褒めてもらっていた。
 食べ物を食べただけで褒めてもらえるなんてなあ、と驚いて、それからとても嬉しかったのはつい最近の話だ。今回は、皆に心配してもらって、とにかくしっかり治せと言ってもらっている。
 世界は、こんなにも優しさに溢れていたのか、と嬉しくて泣きそうだ。

「ありがとう、晃くん」

 こんな、暖かい世界へ連れてきてくれて。

「ありがとう、陽子さん。ありがとう、誠さん」

 たくさん助けてくれて、ありがとう。

「うん。どういたしまして」

 陽子は、にこにこ笑ってそう言った。それから、また何か困ったらすぐに連絡するのよ、と何度も言って、誠と二人で帰って行った。
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