【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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 朝、診察にやってきた医師に、もう何も痛みはないから帰らせてほしい、と訴えた一太は、そこに腰を下ろした年配の医師に、こんこんと病状と治療についての説明を受けた。
 臓器が一つ炎症を起こしているから、炎症止めの薬を点滴で入れていること、その間絶食しなくてはいけないので、栄養も点滴で補っていること、痛みを感じていないのは痛み止めが効いているからだということ。まれに、炎症止めが上手く効かなくて、その臓器を体から取り出す緊急手術をしなくてはいけない人がいること。

「分かったかな。帰れるのは、炎症が治まってから。炎症が治まるまでは、ほとんどの人が四、五日かかる。もう少し長くかかる人もいるからね。早くて四、五日と思っていて。家に帰るかどうか考えるのはそれからだよ」
「四、五日……」
「早くて、だから」
「そんな……」

 もう痛くないのに。
 元気だとは流石に言えないが、痛みはない。でも、帰れない。
 がっくりと項垂れた一太を慰めるように、医師が言った。

「ご家族に連絡はできたかな。来られたらまた、ご家族の方にも病状と治療についての説明をするから、声を掛けてください。入院の同意書に署名をしてもらわなければならないし、色々、入院の道具もいるでしょう。早く来られても入れるように伝えておくからね」

 入院の道具……。そうだ。トイレへ行くための靴もスリッパもなくて、朝から難儀していた。また自分は、晃くんや陽子さん、誠さんに迷惑をかけてしまうのだ。
 
「面会時間前に面会できると連絡したらいいからね」

 医師は、項垂れた一太の肩をぽんぽんと叩くと出ていった。
 そんなこと言われても、早く来て欲しいなんて連絡できるわけがない。今、とてもとても晃くんに会いたいが、今日は朝から二人で仕事だったのだ。初売り、と大々的に広告を入れて売り出すのだと店長が言っていた。久しぶりの陳列棚は空っぽだから、早くから忙しくなるに違いない。
 一太は、ぎゅっと握りしめていたスマホを立ち上げて、フォルダに入っている晃の写真をめくっていった。少しだけ元気が出たが、同時に寂しくて泣きたくもなった。
 ぶる、と音を消してあるスマホが揺れた。
『おはよう。調子はどう? もう痛くない? とりあえず仕事に行くけれど、終わったらすぐに病院に行くから、いるものあればメールしといてください』
 晃からのメッセージだ。
 直後にもう一つ。
『おはよう。面会時間が十一時からって書いてあるんだけど、スリッパ無いと不便でしょ? 荷物は渡せると思うから、もうすぐ行くね』
 陽子は、まるで先ほどの医師とのやり取りが聞こえていたかのようだ。
 嬉しい。
 ありがたい。
 寂しくて出かけていた涙は、温かい嬉し涙に変わる。
 連絡をできる相手が、今の一太にはいるのだ。心配してくれる人が、いるのだ。
 一太は、メッセージを開いて『ありがとう、大丈夫です』と晃に返信した。陽子には『早く来てもいいそうです』と打った。
 陽子が飛んできたのは、僅か十五分後だった。
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