上 下
235 / 398

235 連絡はしない

しおりを挟む
 意識が浮上して、目を開いた。目を開けても、辺りは暗くて何も見えない。
 まだ、よる……?
 体が怠くてお腹が空いていて、昔みたいだ、と一太は思った。
 昔? そう、昔だ。
 長い間、そうだった。
 でも今は違う。
 今は満たされていて、体は割といつも軽いし、お腹が空いて目が覚めたりなんてしていなかった。
 晃くんと出会ってからは。
 仕事さえきちんとしていたら、毎日しっかり食べて暮らしていける。勉強もできる。たまに、遊園地にだって行けてしまう。天国みたいな場所。晃くんと晃くんの家族は、天国にいる神様のようだ。
 一太がぼんやりとそんな事を考えていると、こつこつこつ、と足音がした。ドアを開ける音。明かりと人影が近付いてきて、ひ、と喉がなる。
 明かりで存在が分かったカーテンがそっと開けられた。恐ろしくて目をぎゅっとつぶっていると、すぐに明かりと足音は去っていった。
 病院? 病院だ。
 半年前に、お金が払えなかったらどうしよう、とはらはらしながら数日を過ごした場所……。
 一太は、先ほど照らされた際に見えたもので、自分がどこにいるのかを判断した。そして、寝る前のことを思い出した。
 お腹がどうしようもなく痛くて、動けなかったこと。晃が救急車を呼んでくれたこと。
 あんなにどうしようもなくどこかが痛くなったのは初めてだった。小さい頃、傷んだ食べ物を食べてお腹を壊したことは何度かあるが、吐いてしまえば大抵治った。まあ、一太が動けなくても、痛みにのたうち回っていても、気にする人は誰もいなかった。汚れたものを片付けるのも洗うのも自分だ。
 そして、だんだんとお腹を壊すことはなくなっていった。人は、慣れる生き物らしい。少々傷んでいても、喉さえ通ってしまえば、きちんと栄養に変えてくれていたのだ、きっと。
 最近は、良いものばかりを食べていたから、体がなまってしまったのかもしれない。
 ぐぅぅ、とお腹が鳴った。空腹は久しぶりだ。晃の実家にいたら、食べ過ぎに注意しなければならないくらい食べ物が次々に出てくる。空腹を感じる前に食事の時間がくる感じだ。そんな三日間からのこの空腹は、余計に堪えた。
 四、五日絶食して、点滴で炎症を抑える治療を……と言った医師の言葉を、一太は唐突に思い出す。お腹が痛くて、吐けるだけ吐いたのに嘔吐えずきが止まらなくて、色々説明を聞いたのも朦朧としていた。
 今は、すっかり痛みが治まっていて疲れた感覚だけが残っている。
 一太はもう一度、思い出した医師の言葉を頭の中で繰り返した。
 四、五日絶食して、点滴で炎症を抑える?
 つまり? つまり、もしかして。もしかしなくても、四、五日入院しなくてはいけない? まさか。え? 嘘だろう?
 かたかたと体が勝手に震える。
 また、入院。
 入院したら、入院費を払わなくてはならない。入院したら、仕事に行けないのに? え? どうしよう。
 明日。
 そうだ、明日からもうシフトが入っていた。
 また、急に休むと言わなくてはいけなくて、また、怒られてクビになってしまうんだろうか。また……。
 電話。電話を少しでも早くしなくちゃ……。
 一太は起き上がって目を凝らした。動くと左腕の点滴が突っ張る感覚が、いやでも病院のベッドの上にいるんだと告げてくる。
 どうしよう。どうしたら……。
 ようやく見つけたスマホを持ち上げようとすると、近くに置いてあったメモ用紙がはらりと落ちる。スマホでライトを点けて探せば、綺麗な文字で『何時でもいいから不安な時はいつでも連絡してください。晃』と書かれていた。
 チカチカ光るアプリを開けば、そこにも晃と陽子からのメッセージ。
『不安ならいつでも連絡してね。店長にはもう連絡したから、仕事は心配しないでください。明日、仕事終わったらすぐ会いに行きます』と晃から。
『明日の面会時間になったらすぐ行くからね。着替えやスリッパ持って行くね』と陽子から。
 
「う。うう……」

 一太はスマホを胸に抱きしめた。時刻は夜中の二時だ。連絡はしない。しなくても大丈夫。不安はもう、解消されたから。

 
しおりを挟む
感想 657

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...