【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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234 ◇ありがとう

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「も、もしもし!」

 晃は、家に帰り着くと同時に鳴ったスマホに反射的に出た。一太が目を覚ましたか、と思ったけれど、聞こえてきたのは父の声だった。

「晃! 今どこだ? 病院が施錠されていて入れない」
「あ」

 母に電話して、一太が入院することになったこと、入院の同意書に、成人している社会人の署名が必要なことを伝えた後、連絡を取っていなかった。なるべく早くこちらへ向かうと言ってくれた母に、お願いします、と頭を下げたきりだ。電話を耳に当てて頭を下げるなど、初めてやった。昔、母がしているのを見たことがあった。どうせ見えないのに、と呆れていたものだが、見えていようがいなかろうが、相手への気持ちがあれば自然と頭は下がるのだと知った。

「ごめん、連絡忘れてた。家にいる。今日は面会時間が十八時までで追い出された」

 それを知っていれば、こんなに急いで来てもらわなくても良かった。同意書の署名は、今日中にしなくてはいけないものではなかったのだから。

「分かった。そっちへ向かう」
「ありがとう。ごめん」

 父が来たのか、てっきり母が飛んでくると思ったのに、と晃が驚いていると、まだ切れていない電話口の向こうから、

「母さん、面会時間が十八時までだったそうだ。晃は家だって。そう。……そう。仕方ないだろう、正月なんだから。一太くんは病院にいるんだから。ああ、滅多なことはないさ」

 と、父の声がした。車のエンジンがかかる音も。
 ああ、と息を吐く。焦るばかりだった気持ちがようやく落ち着いてきた。
 父と母は、一時間に一本しかない特急電車ではもどかしいと、車で駆け付けてくれたのだ。だから、こんなに早く病院へたどり着けた。年末年始など特別な日以外の日の面会終了時間である二十時に間に合うように、と考えてくれたのかもしれない。
 程なくして、来客を知らせるチャイムが鳴った。晃が扉を開けると、母が飛び込んでくる。

「晃、お疲れ様。よく頑張ったね」

 いきなり抱きしめられて戸惑った。

「は? え? ……は?」

 後ろから入ってきた父が玄関の扉と鍵を閉めて、苦笑している。棒立ちの晃をぎゅう、と抱きしめる母の肩をぽんぽんと叩いて離してくれた。

「お前は、何ともないか?」

 とりあえずベッド横の狭いスペースへと三人で移動しながら、父までそんなことを聞いてくる。なんで? と晃は混乱した。
 部屋は暖かい。部屋の電気は消したが、暖房を消し忘れて救急車に乗っていたのだ。消し忘れた暖房が、無人の部屋を暖めていた。

「僕は、別に何とも……」
「ならいい。病人の付き添いは、気力も体力も削られるからな。特に、救急で運ばれた後なんかはそうなんだ」
「……!」

 その付き添いを、父や母に何度も経験させたのは晃だ。実感のこもった言葉に、ごめん、と晃は頭を垂れた。

「何ともないならいいんだ。一太くんはどうだった? 手術でなく点滴治療? それは、入院や手術の同意書に署名がないからか? それとも、今回はそれでいくって?」
「あー、ええっと……」

 あまり詳しい話は無かった。他人である晃に、言えることと言えないことがあるようだった。一太のかかりつけの医師がいたなら、晃が一太の同居人だと知っているから教えてくれたかもしれないが、今日は当番ではなかったらしくいなかった。 

「詳しい説明は、僕にはできないって。病名は教えてもらえたんだけど。いっちゃん、病室に移る時には寝ちゃってて、いっちゃんにも聞けなかった」
「そうか、分かった。親族でないというのは、何とももどかしいことだな」
「晃、本当に頑張ったね」

 そういえば、とふと気付く。

「夏にいっちゃんが入院した時は、同意書の署名、どうしたんだろ」
「光里が書いたって言ってたぞ」

 そ、そうだったのか。
 あの時は自分も倒れてしまっていたから、入院の手続きなどを全く知らないまま、一太が治療できることに安心していた。すぐに駆け付けてきて、晃を家に連れ帰ろうとする光里を鬱陶しいと思っていた。
 ごめん、光里姉ちゃん。
 晃は、心の中でこっそり謝る。
 自分は本当に、家族に助けられて生きているのだと実感した。

「本当に、色々ありがとう」
「ああ」
「うん。できることはするから言ってね」

 父と母が、笑って大きく頷いた。
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