【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

文字の大きさ
上 下
224 / 398

224 「普通講座」受講希望

しおりを挟む
「一太くんは、恋愛対象は同性なのかい?」
「恋愛対象……?」

 誠に真面目に聞かれて、一太は目をぱちぱちと瞬かせた。
 恋愛対象。恋をしたり愛したりする相手。
 俺の? 俺の恋愛対象?
 そんなこと、考えたことも無かった。たくさんの人におかしいと言われてきた一太の人生。これを考えたこともないってところも、おかしいことの一つだろうか。

「好きになる相手は、今までも男の人だったかい?」
「好きになる相手……」

 誠は、一太が話を理解していないと分かってくれたのだろう。言葉を変えて言い直してくれた。
 それなら分かる、と一太の目に考える色が浮かぶ。

「好きだったとはっきり分かるのは、児童養護施設で俺の担当だった女の先生……だけです」

 先生が、一太だけのものだったことは一度もなかった。たくさんの担当の子ども達がいて、泣く子を順番に抱っこしていた。少し大きくなった一太のしがみつく場所は残っていなかった。
 それでも。
 いっちゃん、と笑いかけてくれて、頭を撫でてくれたのはその手だけ。一太の長くも短くもない人生で、ただそれだけだったから好きだった。大好きだった。だから、別れなければならなかった時は辛くて、悲しくて。
 でも。
 いっちゃん、お母さんが見つかって良かったね。一緒に暮らせることになって良かったね、と笑ってくれたから。嫌だと、先生と離れたくないと泣くことができなかった。先生がこんなに喜んでくれているのに、悲しむのはおかしい気がして。
 それっきり。
 一太が誰かをはっきりと好きだったのはそれだけ。
 そう考えて答えて一太は顔を上げた。
 動きを止めてしまった誠が目に入る。陽子や光里の食事をする手も止まっていた。
 よくよく考えて言ったのだけれど、答えとしてかなりおかしかっただろうか。その場がしん、としてしまったから一太は慌てた。

「あ。あの、もちろん晃くんは大好きです。陽子さんも大好きで、誠さんも好きです。と、友達の安倍くんと岸田さんも好きです。男の人も女の人もいます」
「ん、そうか」

 誠が少し笑ってくれたので、一太はほっと息を吐いた。

「私もいっちゃんのこと大好きよ。ありがとね」

 陽子がにこにこと笑う。一太は嬉しくて、こくこくと頷いた。これで答えは合っていたかな、と思ってほっとした。

「晃」

 食事を再開した一太を横目に、誠が真剣な顔を晃に向ける。

「僕は、初めて好きになった人がいっちゃんだから、恋愛対象が同性か異性かなんて分からない」
「そうか」
「え、あんた前に彼女いたじゃん……」
「光里」
「あ、いや……」

 陽子が強い口調で光里を止めて、何やら緊張感が走った。そのやり取りの意味が分からない一太はまた、雑煮を食べる手を止めてしまった。

「あの……?」
「何でもないわよ、いっちゃん。ご飯食べちゃいましょ。温かいのが美味しいもんね」
「はい……」

 陽子の明るい声に返事はしたが、何でもないと敢えていうほどの話があったのかもしれない、と一太は少し不安だった。けれど、隣の晃の方を向いても、にこりと笑顔を向けられるだけだ。
 どこかで、普通を知ることができる講座が開催されているなら、お金を払ってでも受講したいな、と一太は本気で思った。
しおりを挟む
感想 662

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

厘/りん
BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

処理中です...