【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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224 「普通講座」受講希望

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「一太くんは、恋愛対象は同性なのかい?」
「恋愛対象……?」

 誠に真面目に聞かれて、一太は目をぱちぱちと瞬かせた。
 恋愛対象。恋をしたり愛したりする相手。
 俺の? 俺の恋愛対象?
 そんなこと、考えたことも無かった。たくさんの人におかしいと言われてきた一太の人生。これを考えたこともないってところも、おかしいことの一つだろうか。

「好きになる相手は、今までも男の人だったかい?」
「好きになる相手……」

 誠は、一太が話を理解していないと分かってくれたのだろう。言葉を変えて言い直してくれた。
 それなら分かる、と一太の目に考える色が浮かぶ。

「好きだったとはっきり分かるのは、児童養護施設で俺の担当だった女の先生……だけです」

 先生が、一太だけのものだったことは一度もなかった。たくさんの担当の子ども達がいて、泣く子を順番に抱っこしていた。少し大きくなった一太のしがみつく場所は残っていなかった。
 それでも。
 いっちゃん、と笑いかけてくれて、頭を撫でてくれたのはその手だけ。一太の長くも短くもない人生で、ただそれだけだったから好きだった。大好きだった。だから、別れなければならなかった時は辛くて、悲しくて。
 でも。
 いっちゃん、お母さんが見つかって良かったね。一緒に暮らせることになって良かったね、と笑ってくれたから。嫌だと、先生と離れたくないと泣くことができなかった。先生がこんなに喜んでくれているのに、悲しむのはおかしい気がして。
 それっきり。
 一太が誰かをはっきりと好きだったのはそれだけ。
 そう考えて答えて一太は顔を上げた。
 動きを止めてしまった誠が目に入る。陽子や光里の食事をする手も止まっていた。
 よくよく考えて言ったのだけれど、答えとしてかなりおかしかっただろうか。その場がしん、としてしまったから一太は慌てた。

「あ。あの、もちろん晃くんは大好きです。陽子さんも大好きで、誠さんも好きです。と、友達の安倍くんと岸田さんも好きです。男の人も女の人もいます」
「ん、そうか」

 誠が少し笑ってくれたので、一太はほっと息を吐いた。

「私もいっちゃんのこと大好きよ。ありがとね」

 陽子がにこにこと笑う。一太は嬉しくて、こくこくと頷いた。これで答えは合っていたかな、と思ってほっとした。

「晃」

 食事を再開した一太を横目に、誠が真剣な顔を晃に向ける。

「僕は、初めて好きになった人がいっちゃんだから、恋愛対象が同性か異性かなんて分からない」
「そうか」
「え、あんた前に彼女いたじゃん……」
「光里」
「あ、いや……」

 陽子が強い口調で光里を止めて、何やら緊張感が走った。そのやり取りの意味が分からない一太はまた、雑煮を食べる手を止めてしまった。

「あの……?」
「何でもないわよ、いっちゃん。ご飯食べちゃいましょ。温かいのが美味しいもんね」
「はい……」

 陽子の明るい声に返事はしたが、何でもないと敢えていうほどの話があったのかもしれない、と一太は少し不安だった。けれど、隣の晃の方を向いても、にこりと笑顔を向けられるだけだ。
 どこかで、普通を知ることができる講座が開催されているなら、お金を払ってでも受講したいな、と一太は本気で思った。
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