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219 ◇距離感
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「晃。あんたさあ、友達少なかったから仕方ないかもしれないんだけどさ」
姉の光里が話しかけてきたのは、朝の洗面所だった。お互い、自分の家の気楽さで、パジャマの上にモコモコとしたフリースの部屋着を引っ掛けて、ぼさぼさと乱れた髪の毛のままである。
早くから起きていた一太か母が動かしたのだろう洗濯機と乾燥機が、がこんがこんと大きな音を立てていた。
「なに?」
「あんたと村瀬くん、友達の距離感じゃないからね? 近過ぎ。くっつき過ぎ」
「…………」
晃は、姉が一体何を言いたいのかが分からずに目を細めて見下ろした。
「おお、怖い顔。そっちがあんたのいつもの顔よねー。母さんや父さんには取り繕ってるかもしれないけど、私は知ってるんだからね」
別に取り繕っている訳ではない。父や母は、晃が嫌がる距離を見極めて関わってくれるから、こうやって警戒しなくても済んでいるだけである。一番上の姉の明里も、歳が離れているからか父や母と近い感覚がある。九歳上の光里だけが、こうしてずかずかと予備動作も無しに飛び込んでくるから、こういう表情をせざるを得ないのだ。晃だってしたくて怖い顔をしている訳ではない。
というか、怖い顔ってどんな顔だ? と思う。
晃としてはただ、警戒しているだけなのだ。
「あのさ。まあ、小さい頃から人と距離を置いてばかりだったあんたには難しいかもしれないんだけどさ。他人との距離感には色々ある訳よ。恋人はこれくらい、友達はこれくらい、知り合いならこれくらい、みたいな。友達の中でも、親友とそれ以外とかあるじゃん? それは分かる?」
晃は、むっとして口を噤んだ。
なんだそりゃ。馬鹿にして。
晃だって、それなりに上手く学校生活を送ってきたのだ。その辺の加減は分かっているつもりである。親友……はいないが、友達ならいる。学校で何らかのグループを作る時に困ったことなどないし、ちゃんと周囲に気を使って過ごしてきた。まあ、女性関係のトラブルは多少あったが、それは晃の預かり知らぬところで起きていることが多く、迷惑していただけだ。自分なりにしっかり距離は置いていたつもりだった。それでも自分に気があるとか、脈があると誤解されることがあるのだから、それはもう、晃としては距離を置くどころか拒絶しているように振る舞うしか手はないだろう。
「分かんないよね? 分かってないから村瀬くんにあんなにべたべたしてるんだよね?」
口を噤んだ晃に、光里が真剣な顔で畳み掛ける。
「あれはさ、友達の距離感じゃないよ。初めての親友だからはしゃいでんのかなって思ったけど、この歳であれは駄目だと思う」
「…………」
晃はむっつりと姉を見た。色々と、本当に色々と失礼だ。自分だって、美人過ぎる見た目とこのはっきりとした性格で、異性関係には苦労してきたくせに。友達関係だって、彼氏を取っただの、好きな人が光里ちゃんのこと好きって言うから近くにいたくないだのと言われて離れていったと泣いていたくせに。
「小さい頃ならさ、くっついて遊んでたり一緒にお風呂入ってきゃあきゃあ言ってても可愛いけど、あんたたちもう十九や二十でしょ。どんなに仲が良くても近すぎない? 村瀬くんが女の子なら勘違いしてもおかしくない距離だよ」
はあ、と晃はため息をついた。うるさいなあ、というのが今の気持ちだ。
「勘違いじゃないから、距離感は間違えていない」
そのくらい分かっているに決まってる。
大学で親しくなった安倍のことは、今までの友人たちよりかなり心を許した関係で、安倍さえ良ければ親友と呼んでもいいんじゃないかな、と思っているが、四六時中一緒にいたい訳じゃないし抱きしめたい訳でもない。ふざけた時に肩を抱かれたりするのは全然嫌ではないが、それだけだ。
「は?」
姉が間抜けな声を上げた。
晃はもう知らん顔で、顔を洗って髪を梳かし、洗面所を出ていく。いい加減寒いしお腹も空いた。
「晃。どういうことよ? 待ちなさい!」
姉の光里が話しかけてきたのは、朝の洗面所だった。お互い、自分の家の気楽さで、パジャマの上にモコモコとしたフリースの部屋着を引っ掛けて、ぼさぼさと乱れた髪の毛のままである。
早くから起きていた一太か母が動かしたのだろう洗濯機と乾燥機が、がこんがこんと大きな音を立てていた。
「なに?」
「あんたと村瀬くん、友達の距離感じゃないからね? 近過ぎ。くっつき過ぎ」
「…………」
晃は、姉が一体何を言いたいのかが分からずに目を細めて見下ろした。
「おお、怖い顔。そっちがあんたのいつもの顔よねー。母さんや父さんには取り繕ってるかもしれないけど、私は知ってるんだからね」
別に取り繕っている訳ではない。父や母は、晃が嫌がる距離を見極めて関わってくれるから、こうやって警戒しなくても済んでいるだけである。一番上の姉の明里も、歳が離れているからか父や母と近い感覚がある。九歳上の光里だけが、こうしてずかずかと予備動作も無しに飛び込んでくるから、こういう表情をせざるを得ないのだ。晃だってしたくて怖い顔をしている訳ではない。
というか、怖い顔ってどんな顔だ? と思う。
晃としてはただ、警戒しているだけなのだ。
「あのさ。まあ、小さい頃から人と距離を置いてばかりだったあんたには難しいかもしれないんだけどさ。他人との距離感には色々ある訳よ。恋人はこれくらい、友達はこれくらい、知り合いならこれくらい、みたいな。友達の中でも、親友とそれ以外とかあるじゃん? それは分かる?」
晃は、むっとして口を噤んだ。
なんだそりゃ。馬鹿にして。
晃だって、それなりに上手く学校生活を送ってきたのだ。その辺の加減は分かっているつもりである。親友……はいないが、友達ならいる。学校で何らかのグループを作る時に困ったことなどないし、ちゃんと周囲に気を使って過ごしてきた。まあ、女性関係のトラブルは多少あったが、それは晃の預かり知らぬところで起きていることが多く、迷惑していただけだ。自分なりにしっかり距離は置いていたつもりだった。それでも自分に気があるとか、脈があると誤解されることがあるのだから、それはもう、晃としては距離を置くどころか拒絶しているように振る舞うしか手はないだろう。
「分かんないよね? 分かってないから村瀬くんにあんなにべたべたしてるんだよね?」
口を噤んだ晃に、光里が真剣な顔で畳み掛ける。
「あれはさ、友達の距離感じゃないよ。初めての親友だからはしゃいでんのかなって思ったけど、この歳であれは駄目だと思う」
「…………」
晃はむっつりと姉を見た。色々と、本当に色々と失礼だ。自分だって、美人過ぎる見た目とこのはっきりとした性格で、異性関係には苦労してきたくせに。友達関係だって、彼氏を取っただの、好きな人が光里ちゃんのこと好きって言うから近くにいたくないだのと言われて離れていったと泣いていたくせに。
「小さい頃ならさ、くっついて遊んでたり一緒にお風呂入ってきゃあきゃあ言ってても可愛いけど、あんたたちもう十九や二十でしょ。どんなに仲が良くても近すぎない? 村瀬くんが女の子なら勘違いしてもおかしくない距離だよ」
はあ、と晃はため息をついた。うるさいなあ、というのが今の気持ちだ。
「勘違いじゃないから、距離感は間違えていない」
そのくらい分かっているに決まってる。
大学で親しくなった安倍のことは、今までの友人たちよりかなり心を許した関係で、安倍さえ良ければ親友と呼んでもいいんじゃないかな、と思っているが、四六時中一緒にいたい訳じゃないし抱きしめたい訳でもない。ふざけた時に肩を抱かれたりするのは全然嫌ではないが、それだけだ。
「は?」
姉が間抜けな声を上げた。
晃はもう知らん顔で、顔を洗って髪を梳かし、洗面所を出ていく。いい加減寒いしお腹も空いた。
「晃。どういうことよ? 待ちなさい!」
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ムーンライトノベルズでも連載中。
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