【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

文字の大きさ
上 下
219 / 398

219 ◇距離感

しおりを挟む
あきら。あんたさあ、友達少なかったから仕方ないかもしれないんだけどさ」

 姉の光里ひかりが話しかけてきたのは、朝の洗面所だった。お互い、自分の家の気楽さで、パジャマの上にモコモコとしたフリースの部屋着を引っ掛けて、ぼさぼさと乱れた髪の毛のままである。
 早くから起きていた一太か母が動かしたのだろう洗濯機と乾燥機が、がこんがこんと大きな音を立てていた。

「なに?」
「あんたと村瀬くん、友達の距離感じゃないからね? 近過ぎ。くっつき過ぎ」
「…………」

 晃は、姉が一体何を言いたいのかが分からずに目を細めて見下ろした。

「おお、怖い顔。そっちがあんたのいつもの顔よねー。母さんや父さんには取り繕ってるかもしれないけど、私は知ってるんだからね」

 別に取り繕っている訳ではない。父や母は、晃が嫌がる距離を見極めて関わってくれるから、こうやって警戒しなくても済んでいるだけである。一番上の姉の明里あかりも、歳が離れているからか父や母と近い感覚がある。九歳上の光里だけが、こうしてずかずかと予備動作も無しに飛び込んでくるから、こういう表情をせざるを得ないのだ。晃だってしたくて怖い顔をしている訳ではない。
 というか、怖い顔ってどんな顔だ? と思う。
 晃としてはただ、警戒しているだけなのだ。

「あのさ。まあ、小さい頃から人と距離を置いてばかりだったあんたには難しいかもしれないんだけどさ。他人との距離感には色々ある訳よ。恋人はこれくらい、友達はこれくらい、知り合いならこれくらい、みたいな。友達の中でも、親友とそれ以外とかあるじゃん? それは分かる?」

 晃は、むっとして口を噤んだ。
 なんだそりゃ。馬鹿にして。
 晃だって、それなりに上手く学校生活を送ってきたのだ。その辺の加減は分かっているつもりである。親友……はいないが、友達ならいる。学校で何らかのグループを作る時に困ったことなどないし、ちゃんと周囲に気を使って過ごしてきた。まあ、女性関係のトラブルは多少あったが、それは晃の預かり知らぬところで起きていることが多く、迷惑していただけだ。自分なりにしっかり距離は置いていたつもりだった。それでも自分に気があるとか、脈があると誤解されることがあるのだから、それはもう、晃としては距離を置くどころか拒絶しているように振る舞うしか手はないだろう。

「分かんないよね? 分かってないから村瀬くんにあんなにべたべたしてるんだよね?」

 口を噤んだ晃に、光里が真剣な顔で畳み掛ける。

「あれはさ、友達の距離感じゃないよ。初めての親友だからはしゃいでんのかなって思ったけど、この歳であれは駄目だと思う」
「…………」

 晃はむっつりと姉を見た。色々と、本当に色々と失礼だ。自分だって、美人過ぎる見た目とこのはっきりとした性格で、異性関係には苦労してきたくせに。友達関係だって、彼氏を取っただの、好きな人が光里ちゃんのこと好きって言うから近くにいたくないだのと言われて離れていったと泣いていたくせに。

「小さい頃ならさ、くっついて遊んでたり一緒にお風呂入ってきゃあきゃあ言ってても可愛いけど、あんたたちもう十九や二十でしょ。どんなに仲が良くても近すぎない? 村瀬くんが女の子なら勘違いしてもおかしくない距離だよ」

 はあ、と晃はため息をついた。うるさいなあ、というのが今の気持ちだ。

「勘違いじゃないから、距離感は間違えていない」

 そのくらい分かっているに決まってる。
 大学で親しくなった安倍のことは、今までの友人たちよりかなり心を許した関係で、安倍さえ良ければ親友と呼んでもいいんじゃないかな、と思っているが、四六時中一緒にいたい訳じゃないし抱きしめたい訳でもない。ふざけた時に肩を抱かれたりするのは全然嫌ではないが、それだけだ。

「は?」

 姉が間抜けな声を上げた。
 晃はもう知らん顔で、顔を洗って髪を梳かし、洗面所を出ていく。いい加減寒いしお腹も空いた。

「晃。どういうことよ? 待ちなさい!」
しおりを挟む
感想 665

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!

灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」 そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。 リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。 だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。 みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。 追いかけてくるまで説明ハイリマァス ※完結致しました!お読みいただきありがとうございました! ※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました! ※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

処理中です...