【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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216 楽しい楽しい誕生日パーティ

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「わあ、晃のピアノ久しぶり!」
「ほんとね。離れて暮らすって寂しいものだわ」

 なんで誕生日の本人が弾くんだよ、という抗議はまるっと無視されて、居間の電子ピアノの前に座ったのは晃だった。それを囲むように陽子と光里が立って、嬉しそうに話している。一太も、そっと後ろに立ってわくわくとする気持ちを止められなかった。
 晃のピアノはそれは見事で、一太のために簡単な曲の見本を弾いてくれる時でも聴き惚れてしまうくらいだ。学校でのテストの時には、譜面の通りに平凡に弾くように心がけているなどと晃は言っていて、家で弾いてくれる時より平坦な音なのだが、それでも、松島くんのピアノが一番上手いと評判になっている。それを聞く度、本当はもっともっと凄いんだけどね、と一太はどこか誇らしくなってしまう。別に一太が誇ることではないのだけれど、つい。
 わきわきと手を握ったり開いたりして手首もぐるぐると回した晃が、よし、と鍵盤に手を置いた。そして……。
 流れ出した曲に、一太は首を傾げた。え? 誕生日の曲を弾いて歌うのじゃなかったの?
 けれど、陽子と光里はピアノに合わせて手拍子をはじめて、何の合図もなしに声を揃えて歌い出す。

「ハッピバースデートゥユー」

 歌が始まってみれば紛れもなく、よく知った誕生日の歌だ。
 えええ?
 つい最近、一太が頑張って練習した誕生日の曲に、そんなにたくさんの音符は書いてなかった。テンポも速くて、とても楽しい感じのハッピーバースデーになっている。
 
「ふわあ……」

 一太がびっくりしているうちに一曲終わってしまった。

「晃、誕生日おめでとうー!」
「はいはい。ありがと」

 晃は、適当に返事をしているように見えるけれど、口元が緩んで笑い顔になっている。楽しそうな曲調だったし、きっと、晃くんの今の気持ちが現れていたハッピーバースデーだったのだと一太は思った。

「もう一回。晃、もう一回」

 陽子のおねだりに晃が笑う。

「これ、終わらないやつ」

 晃はそう言って一太の方を振り向いて手招きした。

「いっちゃん、右手弾いて」
「へ?」
「わ、素敵。連弾ね」
「いや。俺は」

 あんな上手な音に、一太の下手くそな音を合わせるなんてできない。
 けれど、陽子に背中を押されては一太には抵抗することもできず、ピアノの前に晃と横並びで座ることになってしまった。

「楽しくね」

 晃は、にこにこと笑う。   
 楽しく。
 晃が、一太にピアノを教えてくれる時によく言ってくれる言葉。
 間違えてもいいんだよ、楽しく弾こう。
 前奏があるとどこから弾き始めたらいいかわからない一太のために、せーの、の掛け声で始まった連弾は、何の曲~? と一太が頭の中で疑問符を浮かべるようなアレンジをされて、けれど確かに誕生日の曲だった。
 
「きゃー。凄い、素敵。晃、やっぱり天才! いっちゃんも上手ねえ。流石、先生の卵」
「やるじゃん。流石、晃。村瀬くんも上手!」

 拍手と絶賛に、自分は上手ではない、と一太は言おうとして、でも、とても上手に聞こえていたからやめた。
 ここで言うのは、たぶんこれだ。

「ありがとう」

 晃がぎゅうと一太を抱きしめて、最高! と呟いていたから、たぶんこれで合っているのだ。
 
「いやあ、これはいい」

 満足気に呟いた誠は、妙に静かだと思ったらスマホでしっかり動画を撮っていたらしい。
 そこにも陽子の絶賛が惜しみなく響く。

「お父さん、天才!」

 その後は、晃が切ったチョコレートケーキを皆で食べた。切り方が下手くそで大きさがまちまちだったが、誕生日の人が切る決まりらしい。わざと大きいサイズを作って選んでもいいというのは、楽しいルールだなと一太は思う。
 この家は、何をしてもどこにいても、楽しい。
 
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