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213 家族

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「はあ」

 車に乗ると、一太は思わずため息をついてしまった。

「お疲れ。服を選ぶのって疲れるよね。僕も去年、すごい疲れたもん」

 隣の席で松島が笑った。機嫌良くスマホを触っているので、一太は思わずその手元を覗く。
 そこには、一太のスーツ姿の写真が写っていた。試着室の前で、着替えては出てきた一太を撮ったものだ。

「何か、似合わないね」

 思わず言ってしまう。見ようによっては制服の高校生にも見えそうな、でも制服ではない事が分かる大人の服。年齢だけ重ねた小さな体にはそぐわない気がして。

「そんな事ないよ。格好良かったよ」

 それは無い。
 一番小さなサイズを着ても一太の体には少し余っていて、格好良いとは言いがたかった。

「格好良かったわよ。しゅっとしてたわ」

 けれど、陽子もご機嫌でそんなことを言うのだから、もしかしてそれなりの姿にはなっていたのだろうか。そういうものなのだろうか。

「うちの子は何着ても格好良いとか可愛いとか言うんだろ、母さんは」
「うちの人は、よ。お父さんも格好良いから」
「あー、はいはい」

 松島の言葉に陽子が少しふざけた調子で返して、松島が適当な返事を返して。家族ってこんな感じなのか、と一太は眩しく思う。そして、一人何も言われていない人のことが気になった。

「あの。陽子さんも綺麗です」

 一太は思わず口を挟んでしまう。晃くんはもちろん格好良い。晃くんとよく似ている誠さんも格好良いし、お姉さんたちは美人だ。そのお姉さんたちと似ていて、優しさが顔中から滲み出ているような陽子さんも、とても綺麗だと思う。
 顔中に様々な色を乗せていた母なんかよりずっと、ほとんど色のない陽子さんの顔が好きだった。

「や……やあだ、いっちゃんったら」

 陽子が、びっくりした顔をして助手席から振り返った。
 うん。可愛くて綺麗だ。
 一太は真面目な顔で頷く。

「ありがと。嬉しい」
「本当のことだから」
「うちは美男美女揃いってことだな」

 車を運転しながら、誠が笑って口を挟んだ。

「自分で言うのはどうなの?」
「家の中でくらい、いいだろ。外で言うと何言われるか分かったもんじゃない」

 黙ってしまった陽子の代わりに、晃と誠で会話が続く。

「父さんって、母さんのこと美人だと思ってたんだ」
「当たり前だ。見たら分かるだろう?」
「何にも言わないから、知らなかったよ」
「そうか。それは反省しないといけないな」

 助手席からはみ出して見える陽子の耳は真っ赤になっている。
 一太は思う。
 村瀬の家に俺がいなかった頃は、村瀬の父と母もこんな風に仲良く暮らしていたのだろうか。俺が存在しなかったなら、あの男は家を出ていかなかった? のぞむが一人になることもなかった?
 ふと考えて。でも、と母の顔を思い出す。美人だと言われて赤くなる様子は、どうしても思い浮かばなかった。

「いっちゃん?」

 俯いた一太に晃の声がかかる。

「ん?」

 笑顔を繕って顔を上げた。

「いっちゃんも美人だから」
「はは」

 母に似たこの顔から、父親の存在は欠片も感じない。

「僕の、好きな顔」

 一太は目を見開いてから、ふ、と笑った。今度は作ったものじゃない本当の顔で。
 それならいいか、と思う。
 晃くんが好きな顔なら、この顔でいい。

 
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