【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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190 ◇何もしない一日があってもいい

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「もしもし。うん、何?」

 予定通り、学食で天ぷらうどんを食べて家に帰り、一太にぎゅってしようとしたところで鳴った電話に、松島は、少し不機嫌な声を上げてしまった。

「何、じゃないわよ。晃、全然、連絡をよこさないんだもの。誕生日は帰って来れるのかってメール送ったでしょ?」

 そういえば、と母からメールが届いていたことを思い出す。一太と暮らし始めてからは、母との連絡がどんどん疎遠になっていた。特に、ここ二週間は、平日は実習で土日にバイトに入っていたから忙しく、返事を返すのを忘れてしまっていた。母からの連絡も、以前のように毎日ではなくなっているので、一度忘れるとそのままになってしまう。
 どうやら最近の母は、一太との方がよくやり取りしているようだ。今日は何を食べているの? などという他愛ないメールにも、ひとつひとつ律儀に返信している一太を、マメだなあ、と松島は思う。

「ああ。バイトがあるから帰らない」
「そうなの? 誕生日なのに……」

 もう子どもではないのだから、そんなに盛大に誕生日を祝われなくても、と思ってしまうが、母は寂しそうに言葉を途切れさせる。

「あー。その、お正月。三が日は休みだから、帰るよ。その時にしてくれる?」

 母の、元気のない声には弱い。帰った時には、お正月のご馳走に誕生日のご馳走が上乗せされて、ものすごく豪華な食卓になっていそうだな、と松島は苦笑いを浮かべた。

「二人ともお休み? 三日間?」
「え、あ、うん」

 二人とも……。母の話に、普通に一太が含まれている……!
 そう、二人とも休みだ。
 バイト先のスーパーの店長が、このお正月は思い切って休む、と言った。例年、休みなく店を開けていたが、正月はやはり来客が少ない。入荷しない品物も多いし、全員でしっかり休んでしまおうと決めた、との事だった。
 一太は、二週間の実習中、土日しか仕事に出られなかった後の、更に三日間の休みにがっくりしていたが、松島は、三日間二人で何をしようか、と心が弾んでいた。
 大晦日は仕事の後で、年越しそばを食べよう。年末恒例のテレビ番組でも観ながら除夜の鐘を聞いて寝よう。朝はのんびり起きて、お餅を食べて、どこかこの辺りで有名な神社に初詣でに行くのはどうかな?
 などと考えていたのだが。

「じゃあ、二人で帰って来れるわね? 準備しておくから、早めに電車の予約しておきなさいよ。休みの時は混むんだから」
「分かった」

 どうやらお正月は、移動で半日潰れそうだ。
 帰宅した直後から、さっさと手洗いをして、洗濯乾燥機から洗濯物を取り出している一太を見ながら、それもいいか、と松島は思った。
 帰ったら、世話焼きの母が、洗濯も料理もしてくれるだろう。本当に何にも、家事もしなくていい、ただひたすらのんびりする休日を一太に経験させてあげられるかもしれない。
 二人でのんびり。
 そんなのも、いい。
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