【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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184 普通じゃない

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「え。村瀬くんって、男の人が好きなの?」
 
 一太は、北村の言葉の意味が分からなくて首を傾げる。どうしよう。どういう事? 男の人が好きなの? ってどういう意味? どう答えるのが正解?

「あの。恋愛的な意味で男の人が好きな人?」
「…………」

 答えられずにいると、更に質問が重なる。
 恋愛的な意味って?
 分からない。
 女の人が好きじゃないのか、と聞かれているのだろうか?
 そりゃ、どちらかといえば苦手だ。特にある一定の年齢の、非常に整った容姿で、化粧をばっちりしている女の人は怖い。母に似た人。
 でも、松島の母の陽子や岸田は好きだ。昔、世話をしてくれた児童養護施設の先生も、幼稚園や、夏休みの託児室でお世話になった先生たちも。大学の教授たちのなかにも、苦手なタイプはいるが、これだけ長くお世話になっていれば、母とは違うのだと分かってくる。

「…………」
「あの。恋愛的って言うのがよく分からないんだけど、別に、女の人も好きだけど……」

 北村も黙ってしまったので、一太は仕方なく口を開く。好きな女の人を幾人か思い浮かべて、とりあえず女の人も嫌いじゃないことを伝えて。でも、この返事に自信が無いので、だんだん声は小さくなってしまう。

「ええ、と、そうじゃなくて! 村瀬くんの付き合う相手は、女の人じゃなくて男の人がいいのかってことを聞いてて」
「付き合う相手……」

 は、松島しかいない。
 が、どうやらこれは、言ったらいけないことなのか?
 北村の語気の強さに驚いて、一太は言葉を飲み込む。

「普通は! 男の人と女の人で付き合うでしょ! でも、村瀬くんと松島くんは二人とも男でしょ!」
「…………」

 一太は、北村の勢いに飲まれて、目をぱちくりと瞬いた。

「だから! 普通じゃない人だったのかな、と思って!」

 普通じゃない。
 え?
 俺と晃くんが付き合うのは、普通じゃないことだったのか。
 一太は、呆然と北村を見下ろしていた。
 好きだ、と松島に告白されて、一太が、俺も晃くんが好きだ、と返事をしたら、付き合いたい、と言われた。付き合う、ということがどういうことか分からなかった一太が聞いてみたら、お互いを大好きな者同士が二人で一緒にいて、色んな所に出かけたりご飯を食べたりする事だと言われた。誰よりも長く一緒にいることだと。
 それなら、それまでもそうしていたのだから、とっくに付き合っていたね、と言ったら、松島はものすごく嬉しそうな顔をした。
 だから、松島と一太は付き合っている。
 それが、普通じゃない。

「な、なんで……?」
「え、だって、おかしい……でしょ?」

 おかしい。
 そこまで言われるほど、普通じゃないことなのか……。
 一太は、ぐるぐると目眩がするのを感じた。
 村瀬くんおかしい、と言われまくっていた子ども時代。何でそんなこと知らないの、とよく言われた。疑問を口に出せなくなり、曖昧に笑って身を引きながら生きてきた。できる限りそう言われないようにしたいと、頑張って勉強して、本を読んだ。
 人と人が付き合うことについての本なんて、読んだこと無かったな。
 でも、確かに、古典でも、光源氏なんかは女の人を取っかえ引っ変え付き合っている。光源氏は男で、相手はみんな女の人だった。いや、あんなのは嫌だ。本当に大事な人は一人でいい。
 ……普通じゃないのか。
 そうか。
 今までそう指摘された時、いつも俺はどうしていたっけ?
 そうだ。
 普通になるように。できる範囲で、普通じゃない部分を改善して……。
 つまり?
 つまりこの場合、晃くんと付き合うのをやめる、ということなんだろうか……。
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