【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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183 普通の会話の仕方というマニュアルが欲しい

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「村瀬くん」

 一年生は実習のために実家に帰った者も多く、そのまま学校が冬休みに入ったために、大学内は随分と人が少なかった。レポートの提出も、パソコンから送信して終えることができるから、そのまま実家で冬休みを過ごす者が多いようだ。
 そんな人の少ない学内で名前を呼ばれて、一太は驚いて振り返った。松島は今、家でレポートを書いている。友達の安倍と岸田は、実家に帰っている。一太には他に、声を掛けられる心当たりが無かった。
 パソコンを持っていないので大学へ来て、今日も学内のパソコン室を借りていた。
 松島は、使ったらいいよ、といつも自身のパソコンを気軽に一太に貸してくれるのだが、松島も同じようにレポートを書かなくてはいけないのに邪魔をしたくはなくて、一太はなるべく学校で借りることにしている。
 そうして作成したレポートをパソコンから送信した上で、紙でも印刷して帰る所だった。

「北村さん。こんにちは」
「あ、うん。こんにちは」
「…………」

 声を掛けてきたのは、金曜まで二週間、同じ幼稚園で実習をしていた北村だった。
 とはいえ、挨拶の後、一太からは特に話すこともなくて、そのまま立ち去っていいのかどうかを迷う。人との関わり方に自信がない。どうせ聞いて貰えないから、と諦めて、自分から口を開くことなんてほとんど無かったし、話をする相手もそんなにいなかったから、普通の会話というものが分からないのだ。下手に口を開いて、普通でない、と思われることを一太はひどく恐れていた。
 普通の会話の仕方、というマニュアルがあれば、買って熟読したい。

「あの! 金曜日のことなんだけど」
「金曜日?」

 一太は、答えられそうな話題にほっとした。

「実習、お疲れ様でした。ご飯、誘ってくれてありがとう」

 誘ってもらって入ったファミリーレストランは、そんなに高くなかった。あれなら、ご飯を食べに行こう、とまたいつか誰かに誘われた時に、気軽に、いいよと返事ができる。注文の仕方も分かったし、とても美味しかった。実習の話も有意義だった。

「あ、うん。お疲れ様でした。……あの! 聞きたいことがあって」
「うん?」
「村瀬くんと松島くんって、付き合ってるの?」

 あれ? 言ってなかったっけ?
 晃くんは、好きな人がいて、その人と付き合ってるから北村さんとは付き合えない、って言っていた。名前は出していなかったな。

「うん」

 僕たちは好き同士で、色んな所に二人で出かけたりする間柄だから付き合っているんだ、と松島はよく言っている。
 安倍くんと岸田さんと同じように、特別仲良し。晃くんが付き合ってる相手は、一太で間違いないだろう。
 だから、一太は普通に頷いた。
 自分から言ったりはしないけれど、安倍くんと付き合ってるの?って聞かれたら、うんって答えるよ、と岸田も言っていたから。

「え……? 本当に……?」

 だから、そんなに驚かれるようなことを言った覚えは全くなくて、戸惑ってしまう。

「え? うん……」
「…………」

 やっぱり、会話のマニュアルが欲しい。
 
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