【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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176 暖かい部屋

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「晃くん」

 一太が、帰りに買ってきた食料を冷蔵庫に入れ終えて振り返ると、松島はベッドを背に座って船を漕いでいた。
 どうりで、途中から生返事しか聞こえなくなったはずだ、と近寄って、ベッドの上の毛布を松島の体にかける。エアコンが、ごうごうと音を立てて部屋を暖めてくれているけれど、寝ていたら寒いかもしれないから。
 松島は、僕、あんまり体力が無いんだ、と言っていたことがあったけれど、こんな風に寝てしまっているのは初めて見た。実習もあと二日まできて、今日の大騒ぎの誕生日会だ。すごく疲れたのだろう。
 前に立たされていたしね。
 一太も、もちろん疲れてはいるが、バイトを休ませて貰っている分、時間に余裕があるなあ、という印象だった。それに、ほんの小さな頃から、全ての家事を一人でこなしていた一太には、家事を半分引き受けてもらえる今の環境は、天国のようだった。
 晃くんに甘え過ぎていたのかもしれないなあ。
 一太は、眠る松島の顔を少し眺めてから、よし、と気合いを入れる。こうして、松島の隣に座り込んでいたら、自分も眠たくなってしまいそうだ。 
 明日の弁当の分も計算して米を研ぎ、スイッチを押して、弁当箱を洗う。
 あまり、遅い時間になる前に掃除機をかけたかったが、松島を起こしたくなくて諦めた。
 静かにできる仕事をと、洗濯機の中で乾燥まで終わった洗濯物を取り出し、丁寧にたたむ。今日、着用していたエプロンを鞄から出して洗濯機に入れながら、乾燥までしてくれるなんて、なんて便利な道具なんだ、としみじみドラム式の洗濯機を眺めてしまう。
 それから、気合を入れて風呂場に入った。暖房の届かない風呂場は、外と同じくらい寒い。大急ぎで洗って水で流すと、手足がじんじん痺れて懐かしくなる。ずっと、こんな寒さに耐えながら、冬を過ごしてきた。夏より冬の方が、死が近くて恐ろしかった。
 
「いっちゃん!」

 風呂場から出て、タオルでかじかむ手足を拭いていると、松島が慌てた様子で洗面所へ駆け込んでくる。
 驚いていると、

「ごめん」

 と、抱きしめられた。

「え、なに?」
「ごめん。仕事、全部やらせちゃった」
「ああ、そんなの……」

 言いかけた一太の手を、松島が握る。

「また、こんなに冷えて。お湯を使ったらいいよって言ってるのに」
「あ、うん……」

 体を洗うのすら、ほとんどお湯を使えなかった一太には、風呂洗いや皿洗いにお湯を使うなんて、なかなか出来なくて。
 けれど松島は、その度にこうして、冷えきった手足を心配してくれるのだ。

「早く暖かい部屋でぬくまろう」

 松島に抱えられるように居間へ入れば、一太の冷えていた手足がじんじんと温まっていく。

「俺、幸せだな……」

 本当に、幸せだ。
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