【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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162 その宝物のような日々を大切に

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「いい匂い」

 甘い匂いのするポップコーンを売っている屋台は大行列で、岸田と二人で並びながら、一太はその甘い匂いを堪能していた。

「村瀬くん、甘い物好きよね」
「うん、好き」

 笑って答える。それは間違いない。好きな食べ物、なんてぱっと思い浮かぶ物は無かったけれど、最近は色んな物が思い浮かぶ。松島と食べたプリンとか、松島にもらった唐揚げとか。一緒に作った、あまりきちんと膨らんでいないケーキすら、美味しかった。

「私も」

 岸田がにっこり笑う。

「一緒だ」
「ホントね。でも安倍くんは、実はあんまり好きじゃないのよね、甘い物」
「そうなの?」

 いつも、何でもたくさん食べているイメージがあったから驚いた。

「松島くんはどう?」
「好きだと思うけど……」

 松島は、学食ではいつも必ず、デザートを付けている。だから松島も、甘い物は好きなのだと思っていた。けれど、はっきり確認したことはないな、と一太は急に自信が無くなった。

「そうだね。いつも二人で、プリンとか半分こしてるもんね」
「うん。でも、晃くん、どうなんだろ」
「苦手だったら、あんなに美味しそうに半分こしないと思うけど?」
「そうかな」
「そうだよ」
「なら良かった」

 周りの人からそう見えるならきっと、苦手な物を無理して食べているということはないんだろう。一太は、ほっと息を吐く。

「もっと色々、聞いてみないと」
「ん?」
「晃くんのこと、もっと知りたいなあと思って」
「ふふ」

 岸田は、にこにこと笑った。

「好きな人のこと、色々知りたい気持ち、分かる」

 好きな人。
 そうだな。松島は一太の好きな人だ。

「今日もね、遊園地好きなんだなあ、とか、こんな乗り物好きなんだ、とか、色々発見してる」

 可愛い笑顔で岸田が言った。好きな人のことを話す時の顔がすごく可愛いと、一太は思った。

「安倍くんのこと、すごく好きなんだね」
「うん。いや、改めて言われると、何か照れる……」
「安倍くんのこと話す時の岸田さん、可愛い」
「え?」
「何か、すごい好きって分かる」

 いいな。
 好きな人といて、嬉しいって、楽しいって伝わってくる。
 好きな人がいるの、いいな。
 一太は、そういう人がいると弱くなると思っていた。頼ってしまうと、手を取ってしまうと、手を離された後に、もう立ち上がれない。だから、決して心を預けてはいけない、と思っていた。一人で生きられない、ということは、一太にはもう、その先、生きられない、ということだったから。
 でも、こんなに楽しいなら、そんな人がいる時期があってもいい。こんなに嬉しいことがたくさんあるなら、その後もし、その大好きな人と離れることになっても、その思い出を糧に生きていけるのかもしれない。
 一太は、松島の顔を思い浮かべた。
 いつか来るお別れの日に怯えて、せっかくの楽しいことを楽しまないのは勿体ない。嬉しい時は嬉しいとちゃんと伝えて、目一杯、今を楽しもう。今、人生で一番幸せなんだと伝えよう。
 心が、すっきりした。
 とても、とても心が軽い。嬉しい。

「村瀬くんも、分かるよ」

 岸田が言った。

「え?」
「松島くんのこと、すっごく好きなんだって、分かる」
「そう?」

 一太は、少し照れた。
 そうだな。俺は、晃くんの事、すっごく好きだ。
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