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147 やきもち
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「わ。岸田さん、その手どうしたの?」
「痛そう。ピアノ、弾ける?」
講義室では、人集りができていた。一太は、慌ててそちらに寄る。
「岸田さん」
「あ。村瀬くん、おはよう。昨日は色々、ありがとう」
「おはよう。どう? 痛む? 休まなくて平気?」
「うん。痛み止めもらってるから大丈夫だよ。毎日、消毒に来なさいって言われてて。ピアノが弾けないから、ピアノの講義の時間に病院に行くつもり」
「そっか。ピアノ……」
「うん……」
岸田も、ピアノを今まで習ったことがない、ピアノ苦手仲間だ。一太と同じように、カタカナで音階を記入した楽譜を持っている。家に小さなキーボードは持っているらしいが、ピアノとはタッチが全く違うので、一太とは放課後によく、ピアノ室付近で出会っていた。
「抜糸まで一週間、右手の練習頑張るね」
少し落ちた気分を上げるように、岸田は明るい声を出した。
「うん。手伝えることあったら言ってね」
「治ったら、僕が教えてあげるから。安心して」
当然のように一太の隣に立っていた松島が、口を出す。周りで、わあ、いいなあ、松島くん、上手だもんねえ、と幾つか声が上がった。確かに、ピアノに関しては松島が、学年一と言っても過言ではないくらいに上手い。
「俺が教えるから、お前はいらん」
こちらも当然、岸田の隣にいた安倍が、ぼそりと言った。
「安倍くん、ピアノはかなり自己流だから、教えるの苦手でしょ」
安倍のピアノは独特で、合格できるようには弾けているのだが、明らかに基本に忠実ではないと分かるものだった。
「ぐ」
「上手だし、自分はそれでいいかもしれないけど、他の人には難しいと思うなあ」
「くそ。二人きりにはなるなよ」
「あはははは」
悔しそうな安倍の言葉に、松島が大きな笑い声を上げる。一太はそれを、珍しいなあ、と思いながら見ていた。松島は、いつも穏やかな顔をしていて、大きく感情を出すようなことは無かった気がしたから。
「ん? いっちゃん、何?」
「何で二人きりになったら駄目なの?」
「やきもちだよ、やきもち」
松島は少し声を潜めて、一太に耳打ちした。
「やきもち」
「安倍くんは、岸田さんのことが大好きだから、他の男の人と二人きりになるのは嫌なんだって」
「そういうこと詳しく説明すんの、どうかと思うぞ」
潜めた声を聞き取った安倍が、松島の頭をペンと叩く。岸田は真っ赤になっている。
一太は、ふーんと返事をしながら、そうか、と思った。男女で二人きりというのは、そういう仲だと誤解されるのか。好きな人に誤解されたら、大変だ。安倍くんと岸田さんはこんなに仲良しなんだから、おかしな波風を立ててはいけない。
「うん。二人きりは駄目だ」
急に頷いた一太に、松島がまた、満面の笑みを見せた。
「あ。いっちゃんもやきもち?」
「え?」
「僕が、岸田さんと二人でピアノ練習することに、やきもち焼いてくれたかなあって」
「何言ってんの、お前」
安倍が呆れた声を出す。
「うーん……」
一太は少し考えてみた。松島が一太にピアノを教える時のように、岸田にピアノを教えるとしたら?
手を持って、手の形を整えたり、隣に座って伴奏を弾いたりするということ。
それを、二人だけで。
あ。
「うん。嫌かな」
想像だけで、 嫌だった。
「痛そう。ピアノ、弾ける?」
講義室では、人集りができていた。一太は、慌ててそちらに寄る。
「岸田さん」
「あ。村瀬くん、おはよう。昨日は色々、ありがとう」
「おはよう。どう? 痛む? 休まなくて平気?」
「うん。痛み止めもらってるから大丈夫だよ。毎日、消毒に来なさいって言われてて。ピアノが弾けないから、ピアノの講義の時間に病院に行くつもり」
「そっか。ピアノ……」
「うん……」
岸田も、ピアノを今まで習ったことがない、ピアノ苦手仲間だ。一太と同じように、カタカナで音階を記入した楽譜を持っている。家に小さなキーボードは持っているらしいが、ピアノとはタッチが全く違うので、一太とは放課後によく、ピアノ室付近で出会っていた。
「抜糸まで一週間、右手の練習頑張るね」
少し落ちた気分を上げるように、岸田は明るい声を出した。
「うん。手伝えることあったら言ってね」
「治ったら、僕が教えてあげるから。安心して」
当然のように一太の隣に立っていた松島が、口を出す。周りで、わあ、いいなあ、松島くん、上手だもんねえ、と幾つか声が上がった。確かに、ピアノに関しては松島が、学年一と言っても過言ではないくらいに上手い。
「俺が教えるから、お前はいらん」
こちらも当然、岸田の隣にいた安倍が、ぼそりと言った。
「安倍くん、ピアノはかなり自己流だから、教えるの苦手でしょ」
安倍のピアノは独特で、合格できるようには弾けているのだが、明らかに基本に忠実ではないと分かるものだった。
「ぐ」
「上手だし、自分はそれでいいかもしれないけど、他の人には難しいと思うなあ」
「くそ。二人きりにはなるなよ」
「あはははは」
悔しそうな安倍の言葉に、松島が大きな笑い声を上げる。一太はそれを、珍しいなあ、と思いながら見ていた。松島は、いつも穏やかな顔をしていて、大きく感情を出すようなことは無かった気がしたから。
「ん? いっちゃん、何?」
「何で二人きりになったら駄目なの?」
「やきもちだよ、やきもち」
松島は少し声を潜めて、一太に耳打ちした。
「やきもち」
「安倍くんは、岸田さんのことが大好きだから、他の男の人と二人きりになるのは嫌なんだって」
「そういうこと詳しく説明すんの、どうかと思うぞ」
潜めた声を聞き取った安倍が、松島の頭をペンと叩く。岸田は真っ赤になっている。
一太は、ふーんと返事をしながら、そうか、と思った。男女で二人きりというのは、そういう仲だと誤解されるのか。好きな人に誤解されたら、大変だ。安倍くんと岸田さんはこんなに仲良しなんだから、おかしな波風を立ててはいけない。
「うん。二人きりは駄目だ」
急に頷いた一太に、松島がまた、満面の笑みを見せた。
「あ。いっちゃんもやきもち?」
「え?」
「僕が、岸田さんと二人でピアノ練習することに、やきもち焼いてくれたかなあって」
「何言ってんの、お前」
安倍が呆れた声を出す。
「うーん……」
一太は少し考えてみた。松島が一太にピアノを教える時のように、岸田にピアノを教えるとしたら?
手を持って、手の形を整えたり、隣に座って伴奏を弾いたりするということ。
それを、二人だけで。
あ。
「うん。嫌かな」
想像だけで、 嫌だった。
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