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142 ◇気付かないふりをするのもまた、面倒くさいもので

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 ああ、めんどくさい、というのが、松島の心の声だった。
 今日は、思い切った決断をした一太が初めて唐揚げ定食を注文してはしゃいでいるというのに、横から話しかけられていては、可愛い笑顔を堪能できない。今なんて、松島の日替わり定食の味見のお礼に、と一太が差し出した唐揚げを一つ、口に入れたばかりだ。一太から、食べ物を差し出してもらえるなんてそうそう無いのだから、こちらに集中させてほしい。
 
「唐揚げは、やっぱり美味しいね」
「うん。あの、あきらくん。渡辺さんが……」

 ほら、いっちゃんが気にしてしまって、折角の唐揚げをゆっくり味わう間もない。

「あ、うん。ええっと、彼女だっけ? いないよ」

 松島は今までにも、こんな風に話しかけられたことが数え切れない程ある。総じて面倒くさかった。
 こうやって彼女の有無を聞くというのは、松島に気があることが多い。あなたの事が気になっています、というメッセージだ。そう聞かれる相手に対して、松島も好ましい感情を抱いているのなら話は早いのだが、今までにそうだったことは無い。病気の体験から、特定の何かに強い感情を持たないようになっていた松島は、人に対してもどこか冷めていて、特別に好きな異性などというものはいなかった。
 いや、同性でもそうだ。一緒にプールに行こうだの、お泊まり会をしようだの言われては困る。また、手術痕を見せてしまうような間違いは犯したくない。楽しく話す友人は作るが、特別に親しい相手などというものはいなかった。
 つまり松島に、特別に親しく付き合う相手を作る気はないのだから、答えは必ず否なのだ。
 しかし、彼女はいない、と答えれば、彼女に立候補したい、とか好きです、付き合ってください、と言われることになる。よく知らない相手ならきっぱりと、ごめんね、付き合えません、と答えて終わりなのだが、ほどほどに知り合いだったり、今後も関わりのある相手だと面倒くさい。
 何故駄目なのか、他に好きな相手がいるのか、と根掘り葉掘り聞かれたりするし、翌日以降、同じ空間にいるのが非常に気まずい。その子は肩を落としているし、その子の友達から、まるで松島が悪いことをしたかのように睨まれたりもする。更には、その女子のことを好きな男子からも目の敵にされるという、とんでもない目に合うのだ。
 その後のあれこれがあまりに面倒くさくて、申し出を受けたことも何度かはある。……より面倒くさいことになったのだったな、と松島は遠い目をした。
 
「ええ? いないの? わあ、そうなんだ……。ええ、と、あの、私」
「ちょっと、小春!」

 向かいの席から、伊東の鋭い声が飛んだ。

「あ」

 何か二人で約束事でもあって、渡辺はそれを破ろうとしたのだろう。はっきり言って、どちらにも興味のない松島には、そうやって牽制し合ってもらえる方が有り難かった。
 溜め息を吐きそうになって、ぐ、と飲み込む。自分の定食の付け合わせからポテトサラダを持ち上げて、いっちゃん、と声を掛けた。

「ん?」
「ポテトサラダ、食べる?」
「食べる」

 一太は、女同士のやり合いには一ミリも気付いていないらしい。松島も渡辺と話しているからと、唐揚げ定食に集中していたようだ。一太が美味しそうに食べている様子を見て、松島の強ばりかけていた頬が、ふ、と緩んだ。

「また、ポテトサラダも作って」
「うん、作る」

 いっちゃんとなら、ずっと一緒に居ても、ずっと楽しいんだけどな。
 
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