【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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138 夏休みの報告会

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「坊主頭が、よく似合ってるよ」

 松島は、今度は一太のさらさらの髪を撫でながら、安倍に言った。一太は気持ち良くて、目を細める。

「そんな慰めは要らないんだよ。俺だって、普通にお洒落とかしたいっての。寺の坊主になりたくないから保育士になってやるって言ってんのに、結局お経も読まされるとか、やってらんねえ」
「ああ。実家がお寺さんと保育園ってやつ?」

 昔、寺子屋だった場所がそのまま子どもの世話をしているから、お寺が経営する保育園は多い。なるほど。そういった家の子どもは、住職と保育士と両方やるのか。すごいな、と一太は普通に感心した。色んな家があって、色んな家族がいる。

「兄貴が坊主やるって言ってたのに、大学入ったら帰って来ねえ。ずるくね? 俺は、実習と手伝い兼ねて四日間も家に帰ってやったのに、あいつ、三年姿を見てない! 家に帰ったら、何だ、その髪の毛は、って頭剃られるの分かってて帰って来ねえんだよ。どうせ、あと一年でつるつるなのに」

 三年、帰って来ないお兄さん。何だかその言葉が胸に響いて、一太の表情が蔭った。俺も、帰らないお兄さんだな......。

「いっちゃん。どうかした?」
「あ、ううん」

 松島に顔をのぞき込まれて、一太は慌てて首を横に振る。

「しんどくなったらすぐに言う約束だよ?」
「あ、違う。そうじゃなくて」
「過保護、増してねえ? 松島さ、村瀬のお母さんみたいって言われてたけど、もはやお母さんってより......いや、まあ、いいか」

 お母さんってより、何なんだろう?

「いっちゃん、夏休みに一回倒れて入院したから。その時も、全然しんどいって言ってくれなくてさ。そこから、いっちゃんの大丈夫って言葉を、あんまり信用してない」
「あー。そりゃ、村瀬が悪いわ。こんな過保護なのの近くで、我慢した挙げ句に倒れたら、そりゃこうなるわ」
「ええ......」

 そういうものなんだろうか。とはいえ、最近は、我慢をしないように気をつけている。だから、もう少し信用して欲しい。
 授業の開始が近付いて、三人は並んで席に着いた。安倍が、きょろきょろと教室を見渡す。

「どうかした?」
「あ、いや」

 チャイムが鳴ってから、大慌てで岸田早織が駆け込んできた。安倍の隣の席に着いて、荒い息を吐いている。その後で教授が入室したので、遅刻にはならなかったようだ。

「顔色悪いぞ」
「夜バイト、長引いて」
「夜バイトは夏休みだけって言ってたろ?」
「次の人が見つからないって、店長に泣かれちゃって」
「馬鹿。お前がいたら、次の人を探してるかどうかも分からないぞ。お前が辞めたら、ちゃんと次を探すって」
「うん。学校始まったからできませんってちゃんと言う」

 安倍と岸田は、二人でぼそぼそと話している。そういえば、何人かでエプロンを買いに出かけた時も、二人は仲良しだったなあ、と一太はそちらを、ふ、と見た。

「え? うそ? 村瀬くん?」

 岸田が小声で言うので、一太はこっくりと頷く。
 岸田は、すごく驚いた顔をしていた。
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