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134 ゆめうつつの願い

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 小さな男の子が泣いていた。
  どうしたの、と聞いたら、家族に捨てられたと、小さい子どもとは思えない口調で言う。
 そんなの、よくある事だ、と思ったけれど、小さい子に言っていいことか分からずに、一太は口を閉じた。
 とりあえず頭を撫でようとすると、ぱしんと手を払いのけられる。
 捨てといて、何だよ。
 男の子に言われて、一太は首を傾げた。俺が、誰かを捨てたりしたことがあっただろうか。捨てられたことはあっても、捨てた覚えは無い。だって、捨てる相手もいないのに、どうやって捨てるというんだろう。
 俺は、家族なんていないんだ。だから、捨てる相手もいない。
 そう言うと、男の子は目を見開いた。顔の辺りがぼんやりとしていて誰か分からないのに、目を見開いたことが分かるなんておかしい。もっと男の子の顔をよく見ようと一太が近付けば、小さな手がぐーの形で飛んできた。
 わ、と避ける。
 避けるんじゃねえ、馬鹿、と男の子は言った。
 家族にこんなことするの? おかしくない?
 一太の言葉に、け、と男の子は吐き捨てる。
 言って分からなければ、殴るしかないだろ。だいたい、お前の所為で俺たちは不幸になったんだから、お前は償わなけりゃいけないんだ。
 そう。それはいつまで?
 そんなの、一生に決まってるだろ。俺が死ぬまで、ずっとだ。
 何で? おかしいよ。親も児童養護施設も、子どもが成人するまでお世話をしたら、義務は果たされるのに。
 うるさいうるさいうるさい。そう決まってるから、そうなんだ。母ちゃんもそれが当たり前だって言ってた。だから、俺は正しいんだ。
 そうか。でもごめんね。俺には家族はいないから、よく分からないや。
 何でだよ。お前は俺の......。
 え? なに?
 家族だろう?
 え? でも、俺に家族がいたことはないよ?
 馬鹿なのか。忘れたのか。
 なら、名前を呼んで。俺の名前。呼ばれなさすぎて忘れちゃいそうだから。誰が付けてくれたのかも分からないけれど、俺にもちゃんと名前があるんだ。だから、呼んで。
 男の子は、呼ばなかった。
 ほらね。だから、ばいばい。俺には何もないから、どこでも好きに行けるんだよ。何にも捨ててない。寂しくなんてない。いつも通り。ずっとひと......。

「いっちゃん」

 優しい声が、一太の名前を呼んだ。好きな呼び方で。昔、一太のことを育ててくれた児童養護施設の先生が、一太のことをそう呼んだ。一人じゃない時もあった。むかし。ずっとむかし。
 あの頃、そう呼ばれながら、ぎゅって抱っこしてもらうのが大好きだった。嬉しくてしがみつくと、いっちゃんは、いつまでも甘えん坊ね、と先生は言った。お別れの時も、元気でね、と言いながら抱きしめてくれたっけ。
 
「いっちゃん、大丈夫? いっちゃん?」

 ぼんやりと覚醒する。目がかすんで見えにくいのは、泣いているから?
 先生。先生。いつまでも甘えん坊でごめん。俺、今、すごくしんどい。だから、お願い。今だけ、お願い。

「ぎゅって抱っこして......」
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