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133 ◇どれだけ愛されているのか気付いた日

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 交番を出てタクシーに乗せる頃には、一太の顔色は真っ白になっていた。

「いっちゃん。痛む?」
「ちょっとだけ」

 松島の方を向いてそう言う声にも力はなく、これは相当痛いな、と分かった。大丈夫、と言わなくなっただけ、ましか。
 部屋に入った後も、痛み止めの薬を渡すと、一太は大人しく飲んだ。薬嫌いの一太が、たかが痛み止めの薬を大人しく飲むのだ。痛みをかなり、我慢していたのだろう。ベッドに横になるように言ってみたら、一太は大人しく体を横にした。あまりに素直で、より心配になった松島は、ベッド横で一太の頭を撫でる。それにも一太は、特に反応を返すことなく受け入れていた。
 やがて強ばった顔のままの一太の、寝息が聞こえ始める。白かった頬に少し赤味が差して、松島はほっと息を吐いた。

「寝たか」
「昼ご飯を食べてから、と思ったんだけど、とても食べられそうに無かったから」
「そうだな」

 部屋に入るなり小さな座卓にパソコンを置き、何やら仕事をしていた父が、松島に静かな声を掛けた。それから、一太の顔を見て、ふ、と眉をしかめる。

「熱があるんじゃないか?」
「あ」

 頬に赤味が差してきたのは、そういうことか。
 白いより赤い方がいいと思ったが、発熱しているのなら話は別だ。松島は、慌てて体温計を一太のおでこに翳してボタンを押した。すぐにピピ、と音がして体温を示す画面が赤くなる。平熱なら緑色に光るはずなので、数字を見るまでもなく発熱しているのが分かった。

「しんどいのに、頑張ったね」
「ああ」

 松島は、携帯電話を手にして立ち上がった。

「いっちゃんの仕事は休みにしてもらう。僕も休めないか聞いてみる。二日連続で申し訳ないけど」
「……ああ」

 父が、何だか感心したような顔で自分を見ていることに首を傾げながら松島は洗面所で一人になり、バイト先のスーパーに電話を掛けた。昨日の時点で事件については説明してあったので、一太の怪我の具合を心配していたと言う店長に、見えていないのにペコペコと頭を下げながら、二人ともの休みをもらう。こちらは何とかするから明日も休みなさい、と温かい言葉をもらって、松島は最後にもう一度頭を下げた。

「父さん。来てくれてありがとう。仕事、休ませてしまってごめん」
「息子たちの事件より重要な事件なんて、この世にないさ」
「うん。ありがとう」

 仕事を休むのがどれだけ大変なことか、今の松島にはよく分かっているから。バイトの松島や一太でさえ、いなくては大変なはずだ。休んでいいと優しく言ってくれた店長だけれど、本当はとんでもなく忙しいことになっていると分かっている。自分だけでも仕事に行った方がいいのか、と思ったり、苦しそうな一太を放っておきたくないと思ったり、気持ちは落ち着かない。
 バイトの松島でさえそうなのだ。父は、父でないとできないたくさんの仕事を抱えていることだろう。なのに、すぐに駆け付けてくれた。それも、松島が主役でない事件、友人が危険だという理由で。父に、こんなにも愛されていることが嬉しかったし、この人の息子で良かった、と松島はしみじみ思った。

「昼ご飯を、一緒に食べて帰るかな。何か注文して届けてもらおう」
「うん。いっちゃんには後で、雑炊を作るよ」
「ふふ。お前の作る雑炊で大丈夫か?」
「雑炊の素と卵とご飯を混ぜて煮るだけだから、失敗のしようがないって」
「はは。美味しくできていたか、一太くんにまた聞いてみよう」
「うわ、信用ないなあ」

 たわいない話をしながら、松島はずっと笑顔だった。
 父の話の先にも、一太がいることが嬉しかった。
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