【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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129 それが本音

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「僕は、とても反省していますし、もう二度と村瀬一太くんには連絡しません。誓います。書面にも残します。どうか、これで示談にして頂けませんか」

 椅子に腰を下ろした椛田かばたが、うつむいたまま張りのない声を上げた。そのまま机につくほど、頭を下げる。
 
「は? いや、ちょっと待て。俺は? 俺はどうなるんだよ。お前、俺が一緒に暮らしたい人と暮らせるようにしてやるって言ったじゃないか」
「村瀬一太くんには、のぞむくんを養育する事は不可能だと判断しました。君は、今預けられている児童養護施設にあと二年は居られるのだから、その間に学校へ通ったり、職を得たりして自立できるように頑張りましょう」

 椛田かばたは、喚いたのぞむにはっとして顔を上げ、きりりと言い切る。児童相談員らしい台詞だが、その言葉は、一太の元へのぞむを連れてくる前に言ってほしかった。

「は? はああ? 冗談じゃねえぞ! また、あんなガキばっかりのとこに戻るのかよ。、嫌だね! うるせえんだよ、あそこは。ガキもうるさいし、大人もうるさい。あれをしろこれをしろ、と言ったかと思えば、あれすんなこれすんな、って叱ってきやがる。どうしろっつんだよ」
「児童養護施設にいれば、生活には困らない。学校にも、希望すれば行かせて貰えるだろう。どうしても嫌なら、引き取り手が無い君は、お父さんからの仕送りと自分の稼ぎで生活することになる」
「はああ? おい、俺を引き取ると言え! 俺の面倒を一生みるってこいつに言えよ!」

 のぞむは、一太に向かって叫んだ。こんなに切羽詰まった顔は見たことがないな、と一太が思ったほど必死に。
 でも、一太は首を横に振る。だって、のぞむに昨日殴られたお腹がずっと痛いから。この痛みがこの先ずっと続くなんて、もう耐えられそうにない。
 
のぞむ。無理……」
「無理な訳あるか! 今までもそうしていたじゃないか! お前が学校に行かず、ご飯を少ししか食わなければ足りるってことだろ! 母ちゃんがいない分、余るはずだろ」
「つまり君は」

 松島の父が口を挟んだ。

「自分や母親が、お兄さんの稼ぎで生活していたと知っているってことか。そして、これからもそうして暮らしていくつもりだった、と」
「何だよ。仕送りもあったんだろ。それの足りない分は、父ちゃんが出ていった責任を取ってコイツが稼ぐんだろ」
「そんな責任は一太くんには無い。全く無いよ。君を養育する責任があるのは、父親と母親だ。一太くんのことも養育しなくちゃならなかったんだ。彼らはそれを放棄した。養育を放棄された子どもは、小さければそのまま死んでしまうこともあるのに、君はある程度大きかったし、見つけてもらえて運が良かったね。しかも今現在、居場所を準備してもらっているんだろう? とんでもなく運がいいのだと自覚した方がいい。どうしても嫌なら、働きながら自立することだ。お兄さんのように」
「おい! おい! 何とかしろよ!」

 のぞむは、松島の父の話はまるっと無視して、また一太に喚く。

「俺は、お前の作った飯が食いたいんだよ! もうカップ麺やレトルトは飽きた。外食も飽きた。金もねえし。施設の、野菜ばっかり入ってる飯も好きじゃねえ! お前の作った飯が食いたい。俺に、飯を作れよ!」
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