123 / 398
123 こっそりと幸せな妄想をする
しおりを挟む
たかが二発殴られた程度で、病院で治療を受けて、今日は安静にと言われて、バイトを休む羽目になった。一太としては、納得のいかない一日だった。
「内臓に傷がついていなくて良かった」
心の底から安堵して笑う松島が眩しい。あの程度で滅多なことはないと、殴られ慣れている一太は知っているのだが、松島にはとても心配をかけてしまった。もちろん殴られた傷も痛かったけれど、お腹が空きすぎて起こしていた腹痛の方に耐えられないものを感じていたなんて、恥ずかしい。そんなことが起こるほど、食べ物を求める体になってしまったことに一太は驚いたし、弱くなってしまったことにぞっとした。お腹が空いて耐えられない、なんて現象は、ある程度繰り返すと麻痺するものなのに。
けれど、無事で良かったと喜ぶ松島や医者を見ていると、これが普通なのかもしれないと思えてくる。そうであるなら、普通になった自分というのものは嬉しかった。普通であろうと取り繕うことなく普通でいられるなら、それは、一太の望んだ人生だったからだ。そうして生きていけるのなら、それがいい。
そうして、生きていけるのなら⋯⋯。
警察からは、明日またお話がしたいと連絡が来て、夜には、松島の父親と電話で話した。
「一太くんは、どうしたい?」
松島の父にそう聞かれて改めて考えてみたが、一太の中に、望への気持ちはもう、何も残っていなかった。
半年前、家を出た時は、どうしてちゃんと勉強しない望が普通の高校へ行けて、自分は行けなかったのかという、激しい感情があったが、今は特に思うこともない。それがあったから家を出ることができたのだと思うと、何だか不思議な気持ちになるほどだった。それほどに、何も無い。一太が望の保護者になるなんて、真っ平御免だった。どうして、一太が望を育てなくてはいけないのか。だって彼には、二人も保護者がいたはずだ。一太には、一人もいなかったそれが、二人も。
「本当にもう、縁を切りたいです」
「そうか、分かった」
力強い即答に、安堵の息を吐く。松島の父に、いつの間にか、一太くんと呼んでもらっていることが、何だか嬉しかった。親身になって一太のことを考え、行動してくれる様は、まるで家族のようだとこっそり思って、そのことにも嬉しくなった。考えるだけなら、誰にも咎められる事はないだろう。心の中だけでも、慕うことを許してほしい。
とはいえ、それを思うと、望くんは君の家族なのに、と言い張る椛田の顔もチラついて落ち着かない。本当の家族に心動かない俺は⋯⋯。
「俺は、冷たいのでしょうか」
家族は、血の繋がりこそが重要で、それを基に親身になるものなのだとしたら、望が困っているから助けたい、と思えない一太は、あまりにも薄情な人間なのだろうか。
「いいや。彼の言動や行動を聞くに、一太くんがそう思うのは、当然のことだと思うが?」
「家族ならば、話し合えば必ず分かり合える筈だと、あの人が言っていたので」
「あの人? ああ、椛田くんか? 彼は知らなかったのだろう。家族だからこそ、分かり合えないこともあるんだと」
「そう、ですか⋯⋯」
「きっと幸せな人生を送ってきたのだろうね」
「はあ⋯⋯」
一太は、椛田がどんな人生を送っていようが、興味はない。
「家族というのは、長時間、誰よりも近くにいるからこそ、関係が拗れる事例も数多あるのだよ」
「⋯⋯」
だろうなあ、と今では思う。だからどうだという事もないが。
「明日は、私もそちらに行くから、話を終わらせてしまおう」
「僕も、もちろんいるからね」
一太と父親との電話を近くで聞いていた松島も、にっこりと笑う。家族というのは、こういう人たちのことを言うのではないか、と一太は思って少し笑った。
心の中だけでも、家族のようだと感じる人ができたことを、幸せだと思った。
「内臓に傷がついていなくて良かった」
心の底から安堵して笑う松島が眩しい。あの程度で滅多なことはないと、殴られ慣れている一太は知っているのだが、松島にはとても心配をかけてしまった。もちろん殴られた傷も痛かったけれど、お腹が空きすぎて起こしていた腹痛の方に耐えられないものを感じていたなんて、恥ずかしい。そんなことが起こるほど、食べ物を求める体になってしまったことに一太は驚いたし、弱くなってしまったことにぞっとした。お腹が空いて耐えられない、なんて現象は、ある程度繰り返すと麻痺するものなのに。
けれど、無事で良かったと喜ぶ松島や医者を見ていると、これが普通なのかもしれないと思えてくる。そうであるなら、普通になった自分というのものは嬉しかった。普通であろうと取り繕うことなく普通でいられるなら、それは、一太の望んだ人生だったからだ。そうして生きていけるのなら、それがいい。
そうして、生きていけるのなら⋯⋯。
警察からは、明日またお話がしたいと連絡が来て、夜には、松島の父親と電話で話した。
「一太くんは、どうしたい?」
松島の父にそう聞かれて改めて考えてみたが、一太の中に、望への気持ちはもう、何も残っていなかった。
半年前、家を出た時は、どうしてちゃんと勉強しない望が普通の高校へ行けて、自分は行けなかったのかという、激しい感情があったが、今は特に思うこともない。それがあったから家を出ることができたのだと思うと、何だか不思議な気持ちになるほどだった。それほどに、何も無い。一太が望の保護者になるなんて、真っ平御免だった。どうして、一太が望を育てなくてはいけないのか。だって彼には、二人も保護者がいたはずだ。一太には、一人もいなかったそれが、二人も。
「本当にもう、縁を切りたいです」
「そうか、分かった」
力強い即答に、安堵の息を吐く。松島の父に、いつの間にか、一太くんと呼んでもらっていることが、何だか嬉しかった。親身になって一太のことを考え、行動してくれる様は、まるで家族のようだとこっそり思って、そのことにも嬉しくなった。考えるだけなら、誰にも咎められる事はないだろう。心の中だけでも、慕うことを許してほしい。
とはいえ、それを思うと、望くんは君の家族なのに、と言い張る椛田の顔もチラついて落ち着かない。本当の家族に心動かない俺は⋯⋯。
「俺は、冷たいのでしょうか」
家族は、血の繋がりこそが重要で、それを基に親身になるものなのだとしたら、望が困っているから助けたい、と思えない一太は、あまりにも薄情な人間なのだろうか。
「いいや。彼の言動や行動を聞くに、一太くんがそう思うのは、当然のことだと思うが?」
「家族ならば、話し合えば必ず分かり合える筈だと、あの人が言っていたので」
「あの人? ああ、椛田くんか? 彼は知らなかったのだろう。家族だからこそ、分かり合えないこともあるんだと」
「そう、ですか⋯⋯」
「きっと幸せな人生を送ってきたのだろうね」
「はあ⋯⋯」
一太は、椛田がどんな人生を送っていようが、興味はない。
「家族というのは、長時間、誰よりも近くにいるからこそ、関係が拗れる事例も数多あるのだよ」
「⋯⋯」
だろうなあ、と今では思う。だからどうだという事もないが。
「明日は、私もそちらに行くから、話を終わらせてしまおう」
「僕も、もちろんいるからね」
一太と父親との電話を近くで聞いていた松島も、にっこりと笑う。家族というのは、こういう人たちのことを言うのではないか、と一太は思って少し笑った。
心の中だけでも、家族のようだと感じる人ができたことを、幸せだと思った。
210
お気に入りに追加
1,748
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている
香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。
異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。
途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。
「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!
俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ
雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。
浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。
攻め:浅宮(16)
高校二年生。ビジュアル最強男。
どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。
受け:三倉(16)
高校二年生。平凡。
自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる