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109 ◇◇一人ぼっちの子ども

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 どうすれば、分かって貰えるのだろう。
 曖昧に頷く一太に、自分の言葉が伝わっている気がしない。
 陽子は、ほとほと困って、一太の骨ばった手を握った。

「おはよう。早いな」

 主人のまことが、寝起きすぐのぼさぼさ頭で寝室から下りてきた。今日は木曜日。誠は、普通に仕事に行かなければならない。陽子は、久しぶりに帰宅した息子の世話がしたくて休みを取ったので、今朝はのんびりだった。
 昨夜は結局、誠は晃とは大して言葉を交わしていなかったから、朝食を一緒に囲むのもいいかもしれない。

「いっちゃん、お仕事頼んでいい?」
「はい!」
「晃を起こしてきてくれる?」

 嬉しそうに返事をする一太に、なかなか大変な仕事を押し付ける。晃は、寝起きがあまり良い方ではないから、陽子が起こしに行っても、いつもそう簡単には起きないのだ。
 あ、はい、と拍子抜けした返事が返ってくる所をみると、一太相手には、晃は寝起きの不機嫌さを見せていないのかもしれない。
 二階に上がっていく小さな背中を見送って、陽子は深い溜め息を吐いた。

「どうした?」

 冷蔵庫に飲み物を取りにいく夫に付いてキッチンに入ると、溜め息を聞いた誠が声を掛けてくる。

「いっちゃんがね。お代は幾らですかって」
「何の?」

 夫の疑問は最もだ。どこの子どもが、友人の家に泊まって宿泊費と食事代を払おうとするだろう。

「昨日の夜ご飯代と、お泊まりの料金ですって」
「は……?」
「朝ご飯は無くていいって言うのよ。それも、お代を気にしているみたい」
「そうか」

 陽子は話しながら、フライパンに火を入れてベーコンを置き、卵を五つ落とした。目玉焼きはいっぺんに作ってしまおう。トースターには食パンを二枚。夫用のインスタントコーヒーをマグカップに入れて、お湯を注ぐ。晃は牛乳かな。光里ひかりは紅茶だろう。いっちゃんは? 先程、ミルクティをとても美味しそうに飲んでいたから、もう一度出してみようか……。
 長女夫妻は、今日も仕事だからと、昨夜のうちに二人で暮らす家へ帰って行った。車で十分の距離に住んでいるから、行き来がしやすくてよい。晃の顔を見るためだけに、ひょいと帰って来てくれたことには感謝しているが、あの娘は何の手伝いもせずに、食べて喋って帰って行った。三十歳を過ぎても、実家に帰ったら親に甘えて何にもしない。
 家ではちゃんとしているのだろうか、と心配になるが、昨夜、まなぶと調味料の話をしていたので、一応料理をしていることは知れた。きっと、陽子のいない所ではしっかりしているのだろう。家での甘えぶりに呆れながらも、いつまでも甘えてもらえることは嬉しく思う。
 ああ、そうか。
 陽子はふいに腑に落ちた。
 そういう場所が、一太には無い。無いのだ。
 小さな頃から、自分でお金を稼いで生きてきたらしい、とは誠から聞いた。初めて会った時は、細く小さい体に驚いたものだけれども、聞いていたから覚悟はできていた。
 晃と暮らしている様子を何度か見に行き、何かおかしいと強く感じることは無かった。一太の家事能力の高さに、頼りない晃の面倒を見てもらえて本当に助かる、と安堵していたくらいだ。一太は変わった生い立ちだけれども、陽子の理解の範疇にいた。……つい先程まで。
 今はっきりと、こんなにはっきりと、一太の育ってきた環境の異常さに気付かされた。なんて、なんてかなしい……。
 私には甘えていいのだと、どうすれば一太に伝わるだろう。何故? と言われて、強く告げることのできる繋がりは無いけれど。でも。
 でも、あの子の甘えられる手の一つになりたい。可愛い息子の、大切な友だち。息子が大切に思う子は、私にとっても大切なのだから。
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