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107 早朝の食卓
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「あら、いっちゃん。おはよう。早起きね。もう少しゆっくり寝ててもいいのに。昼頃出発でしょう?」
「え? あ、いや。とんでもない。寝坊して、あの、俺、洗濯を」
松島の母、陽子は、食卓で何かを飲みながら新聞に目を通していた。服装は、まだパジャマのように見えるし、顔の印象がいつもと少し違う気がする。
化粧かな、と一太は思った。いつも会う時は化粧をしていたけれど、今はまだしていないのかもしれない。松島の母が身支度をする前に起きてきてしまったのは申し訳なかった、と思う。自分がもっと早く起きて、仕事を終わらせて退出していれば良かったのだ。一太はますます落ち込みながら、化粧の濃い、自分の母親だと言われていた人の顔を思い出していた。
その人は、顔立ちはとても整っていて、化粧をしていない時は可愛らしかった。化粧をするとどうにもキツい印象の美人になるので、一太はよく、化粧をしない方がいいのにな、と思っていた。化粧した顔で、一太を詰ったり罵ったりすると美人が台無しだったから。化粧していなくても、キンキンした声の棘が丸くなるわけではないけれど。
一太にはよく分からなかったが、一太とその人の顔立ちはよく似ていたらしかった。そのことも、その人には腹の立つ要因らしかった。
「え、洗濯? いっちゃんと晃の分ならもう乾いてるよ。まだ畳んでないけど」
「え?」
「え?」
もう終わっている? なんで?
新聞を畳んで立ち上がった松島の母が、マグカップを一つ出して何か飲み物を注いでいる。温かい湯気が上がる飲み物を食卓に置いて、一太を手招きした。
「紅茶飲む? 熱いけど」
「ええ、と。あの、はい」
一太は断ることもできずに、食卓に座る。
「ミルクと砂糖いる? そのままが好き? 私は、ミルクだけ入れるのが好きなんだけど。あ、それともコーヒーの方が良かった?」
「あ、いえ、その、何でも……」
紅茶なんて飲んだことがない。松島との朝食は、牛乳をコップ一杯飲むのがノルマのようになっていて、二人で冷たい牛乳を飲んで、焼いたパンを食べることが多かった。牛乳は、大好きだった給食にいつも付いていたから、今でも好きだ。
「じゃあ、まずはそのまま飲んでみて」
「はい」
頑張って冷ましてから、一口飲んでみる。良い香りがして、美味しかった。
「次は牛乳入りね」
「あ、はい」
手の中のマグカップに、牛乳がほんの少し入れられた。冷たい牛乳が少し入ったことで、冷めて飲みやすくなっている。良い香りはそのままに、口当たりが円やかになった。
「おいし……」
思わず口から出た。
松島の母が、隣に腰掛けてにこにこ笑っている。
「ミルクティの方が好き? なら私と一緒ね」
こくこくと頷いてから、はっと思い出す。
「あの。洗濯ありがとうございました。他に、手伝うことありますか」
「え。いいよ? うちにいる時くらい、のんびりしてて。次の洗濯はもう回してるし、スープはもう煮たし、目玉焼きとパンは食べる直前に焼くから、待っててね。サラダもちぎってあるから、後はお皿に盛るだけよ。いっちゃんは、ドレッシングは何が好き?」
自分が何もしなくても、洗濯が終わっていて、ご飯が出てくる……。
そんな状況を夢に見たこともなかった一太は、唖然として松島の母のすっぴんの顔を見つめてしまった。
「え? あ、いや。とんでもない。寝坊して、あの、俺、洗濯を」
松島の母、陽子は、食卓で何かを飲みながら新聞に目を通していた。服装は、まだパジャマのように見えるし、顔の印象がいつもと少し違う気がする。
化粧かな、と一太は思った。いつも会う時は化粧をしていたけれど、今はまだしていないのかもしれない。松島の母が身支度をする前に起きてきてしまったのは申し訳なかった、と思う。自分がもっと早く起きて、仕事を終わらせて退出していれば良かったのだ。一太はますます落ち込みながら、化粧の濃い、自分の母親だと言われていた人の顔を思い出していた。
その人は、顔立ちはとても整っていて、化粧をしていない時は可愛らしかった。化粧をするとどうにもキツい印象の美人になるので、一太はよく、化粧をしない方がいいのにな、と思っていた。化粧した顔で、一太を詰ったり罵ったりすると美人が台無しだったから。化粧していなくても、キンキンした声の棘が丸くなるわけではないけれど。
一太にはよく分からなかったが、一太とその人の顔立ちはよく似ていたらしかった。そのことも、その人には腹の立つ要因らしかった。
「え、洗濯? いっちゃんと晃の分ならもう乾いてるよ。まだ畳んでないけど」
「え?」
「え?」
もう終わっている? なんで?
新聞を畳んで立ち上がった松島の母が、マグカップを一つ出して何か飲み物を注いでいる。温かい湯気が上がる飲み物を食卓に置いて、一太を手招きした。
「紅茶飲む? 熱いけど」
「ええ、と。あの、はい」
一太は断ることもできずに、食卓に座る。
「ミルクと砂糖いる? そのままが好き? 私は、ミルクだけ入れるのが好きなんだけど。あ、それともコーヒーの方が良かった?」
「あ、いえ、その、何でも……」
紅茶なんて飲んだことがない。松島との朝食は、牛乳をコップ一杯飲むのがノルマのようになっていて、二人で冷たい牛乳を飲んで、焼いたパンを食べることが多かった。牛乳は、大好きだった給食にいつも付いていたから、今でも好きだ。
「じゃあ、まずはそのまま飲んでみて」
「はい」
頑張って冷ましてから、一口飲んでみる。良い香りがして、美味しかった。
「次は牛乳入りね」
「あ、はい」
手の中のマグカップに、牛乳がほんの少し入れられた。冷たい牛乳が少し入ったことで、冷めて飲みやすくなっている。良い香りはそのままに、口当たりが円やかになった。
「おいし……」
思わず口から出た。
松島の母が、隣に腰掛けてにこにこ笑っている。
「ミルクティの方が好き? なら私と一緒ね」
こくこくと頷いてから、はっと思い出す。
「あの。洗濯ありがとうございました。他に、手伝うことありますか」
「え。いいよ? うちにいる時くらい、のんびりしてて。次の洗濯はもう回してるし、スープはもう煮たし、目玉焼きとパンは食べる直前に焼くから、待っててね。サラダもちぎってあるから、後はお皿に盛るだけよ。いっちゃんは、ドレッシングは何が好き?」
自分が何もしなくても、洗濯が終わっていて、ご飯が出てくる……。
そんな状況を夢に見たこともなかった一太は、唖然として松島の母のすっぴんの顔を見つめてしまった。
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