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101 家族の食卓
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「お父さんと光里はまだまだ帰って来ないし、先に食べちゃいましょう!」
「いっちゃん、ここに座って」
「え? え?」
一太は松島に示された椅子に、おずおずと座る。目の前には、白いご飯の盛ってある茶碗と生卵の入った器、お箸。他の人の分はあるから、この目の前のセットは一太のものなのだろう。運ぶのを手伝っている時から、ここにいる人数分あるなあと思ってはいたが、実際に自分の目の前にあると、そうか俺の分なのか、としみじみ机を見てしまう。こんな大勢の食卓で、一太の分の食事があることが不思議だった。松島と二人で食事をとることにはすっかり慣れた一太だが、食卓を囲むのは初体験だ。座ったはいいが何だか緊張してきて、手を膝の上に置いて固まってしまった。
机の上のガスコンロに火がついて、上に乗せられたすき焼き鍋が温まる間に、六人がけの食卓の向かい側に松島の姉夫妻が座った。一太の隣には、もちろん松島が座っている。その横に立っている松島の母が、温まったすき焼き鍋に白い小さな塊を落とした。じゅう、と言う音に一太が目を奪われていると、その塊をくるくると鍋の上で動かしてから皿に戻した。
「牛脂よ」
「牛脂」
「牛のあぶら。油の代わりになるの。コクがあって美味しいわよ。牛肉を買う時にお肉のコーナーで、牛脂をくださいって言ったら無料でもらえるの。ご自由にどうぞって置いてある店もあるし」
松島の母は一太の方を向いて説明しながら、牛肉をどんどん鍋の中に置いていく。松島と姉の灯里が菜箸を伸ばして肉を広げて焼き始めた。
無料でもらえる牛脂。お肉が美味しく焼けるあぶら。一太は先ほどの情報を頭の中で整理して、うん、と頷く。良いことを聞いた。今度うちですき焼きを作る時には貰ってこよう。
「晃に料理のことを教えるのは諦めて、村瀬くんに教えることにしたの?」
灯里が肉を広げながらくすくす笑う。
「僕だってちゃんと手伝ってるよ」
その通りだ。松島は、いつも何でも丸投げではなく、必ず、手伝うことはあるかと聞いてくれる。それだけで一太は嬉しかった。今だってこうして、焼くのを手伝っているじゃないか。松島は、料理はあまり得意じゃないみたいだから、一太に任せてくれて構わなかった。けれど、こんな風に少しだけでも手伝ってくれたら、それだけですごくやる気が出る。一太も料理は、あまり好きな家事という訳でもなかったが、美味しいと食べてくれる松島のためになら、いくらでも手間をかけられる気がした。
今回のように、実際に作っている場面を見ることができるのは貴重な経験だ。それが松島の好物なのなら、尚更真剣に見てしまう。松島の母、陽子は真剣に見ている一太に気付いて、わざわざ説明してくれたのだ。
「もちろん、晃といっちゃんの二人に説明してるのよ。二人分なら大きいフライパンでもできるでしょ」
「はい。ありがとうございます」
「何だか、私が家を出る時より丁寧に教えてるわねえ」
「真剣に聞いてくれる生徒には教えがいがあるわー」
「うわ、何かムカつくう」
出来上がっていく料理と家族の軽いやり取りは、ほわほわと楽しい空気を醸し出していく。
一太は観客席にいるような気持ちで、家族の食卓の中に座っていた。
「いっちゃん、ここに座って」
「え? え?」
一太は松島に示された椅子に、おずおずと座る。目の前には、白いご飯の盛ってある茶碗と生卵の入った器、お箸。他の人の分はあるから、この目の前のセットは一太のものなのだろう。運ぶのを手伝っている時から、ここにいる人数分あるなあと思ってはいたが、実際に自分の目の前にあると、そうか俺の分なのか、としみじみ机を見てしまう。こんな大勢の食卓で、一太の分の食事があることが不思議だった。松島と二人で食事をとることにはすっかり慣れた一太だが、食卓を囲むのは初体験だ。座ったはいいが何だか緊張してきて、手を膝の上に置いて固まってしまった。
机の上のガスコンロに火がついて、上に乗せられたすき焼き鍋が温まる間に、六人がけの食卓の向かい側に松島の姉夫妻が座った。一太の隣には、もちろん松島が座っている。その横に立っている松島の母が、温まったすき焼き鍋に白い小さな塊を落とした。じゅう、と言う音に一太が目を奪われていると、その塊をくるくると鍋の上で動かしてから皿に戻した。
「牛脂よ」
「牛脂」
「牛のあぶら。油の代わりになるの。コクがあって美味しいわよ。牛肉を買う時にお肉のコーナーで、牛脂をくださいって言ったら無料でもらえるの。ご自由にどうぞって置いてある店もあるし」
松島の母は一太の方を向いて説明しながら、牛肉をどんどん鍋の中に置いていく。松島と姉の灯里が菜箸を伸ばして肉を広げて焼き始めた。
無料でもらえる牛脂。お肉が美味しく焼けるあぶら。一太は先ほどの情報を頭の中で整理して、うん、と頷く。良いことを聞いた。今度うちですき焼きを作る時には貰ってこよう。
「晃に料理のことを教えるのは諦めて、村瀬くんに教えることにしたの?」
灯里が肉を広げながらくすくす笑う。
「僕だってちゃんと手伝ってるよ」
その通りだ。松島は、いつも何でも丸投げではなく、必ず、手伝うことはあるかと聞いてくれる。それだけで一太は嬉しかった。今だってこうして、焼くのを手伝っているじゃないか。松島は、料理はあまり得意じゃないみたいだから、一太に任せてくれて構わなかった。けれど、こんな風に少しだけでも手伝ってくれたら、それだけですごくやる気が出る。一太も料理は、あまり好きな家事という訳でもなかったが、美味しいと食べてくれる松島のためになら、いくらでも手間をかけられる気がした。
今回のように、実際に作っている場面を見ることができるのは貴重な経験だ。それが松島の好物なのなら、尚更真剣に見てしまう。松島の母、陽子は真剣に見ている一太に気付いて、わざわざ説明してくれたのだ。
「もちろん、晃といっちゃんの二人に説明してるのよ。二人分なら大きいフライパンでもできるでしょ」
「はい。ありがとうございます」
「何だか、私が家を出る時より丁寧に教えてるわねえ」
「真剣に聞いてくれる生徒には教えがいがあるわー」
「うわ、何かムカつくう」
出来上がっていく料理と家族の軽いやり取りは、ほわほわと楽しい空気を醸し出していく。
一太は観客席にいるような気持ちで、家族の食卓の中に座っていた。
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