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98 ◇そういうこと
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「ただいまー。晃? いっちゃんも。遅くなってごめんね」
松島は、母の声にはっと顔を上げた。肩に重みを感じて目を向けると、一太の寝顔が見える。松島が動いたことで一太の体がぐらりと揺れたので、慌ててそっと膝の上に頭を移動させた。
そこまで動かしても一太は起きることなく、松島の膝に頭を乗せて寝息を立てている。楽な体勢になったからか、良い夢でも見ているのか、くふと笑い声のようなものが聞こえて松島は驚き、まじまじと顔を覗き込んだ。可愛い寝顔に、寝起きでぼんやりとしていた松島もまた、ほわりと笑顔をこぼす。
「ちょっと晃、いるの?」
母が、大荷物を抱えて扉を開けて、あら、と口を閉じる。
「しー」
「ごめん」
声を潜めた母が、二人を見比べて笑顔を見せる。
「それじゃ手伝ってって言えないわね」
「ちょっと動けない」
「はいはい」
重たそうに、買ってきた食材を机に置いてにこにこと笑いながら寄ってくる母へ、松島は渋面を向けた。この体勢では逃げられない。
「よく寝てる。可愛い」
「うん」
母の興味が一太に向いていたのでほっとした。
「何してたの?」
聞かれて、寝てても落とさなかった手の中のスマホを握り直す。そうだ。馬鹿みたいにたくさん撮ってきた写真を二人で眺めていたのだった。松島はそのまま持ち上げたスマホを構えて、一太の寝顔を画面に捉えた。思わず笑みをこぼしながら、シャッターを押す。カシャという音が大きく響いて、わ、うるさかったかな、起きないかな、とはらはらしながら寝顔の写真を確認した。上手く撮れていて、満足してスマホを置く。
顔を上げると、母の驚いた顔が目に入って、はたと思い出す。
「あ、ああ、えーと」
「あなた、そんな顔するのね」
どんな顔だよ、と思ったが賢く口を噤んだ。
「いっちゃんと仲良くできて、本当に良かったわ」
「あ、うん」
よく分からないが、仲は良いと思うので素直に頷く。
「遊んできたの?」
そう言いながら母は、荷物の所へ戻って手早く買ったものを取り出し始めた。
「あ、うん。周遊バスに乗って」
「あら、いいじゃない」
「うん」
くだらない、と思っていた観光場所も、一太と巡ったらとても楽しかった。こんなとこ、誰が来るんだ? と思ったこともあったけれど、それなりに人もいて、笑って挨拶をした。皆、楽しそうに、連れあってきた人と案内板を読んだり写真を撮ったりしていた。
そういうことか、と分かった日だった。
一太と行くから楽しいのだ。行く場所はきっとどこでもいい。一太と行くなら、どんな場所も楽しいに違いない。
そういうことなのだ。
松島は、一太もそうだといいな、と思いながら、毎日のシャンプーとリンスでかなり柔らかくなった一太の髪をそっと撫でた。
松島は、母の声にはっと顔を上げた。肩に重みを感じて目を向けると、一太の寝顔が見える。松島が動いたことで一太の体がぐらりと揺れたので、慌ててそっと膝の上に頭を移動させた。
そこまで動かしても一太は起きることなく、松島の膝に頭を乗せて寝息を立てている。楽な体勢になったからか、良い夢でも見ているのか、くふと笑い声のようなものが聞こえて松島は驚き、まじまじと顔を覗き込んだ。可愛い寝顔に、寝起きでぼんやりとしていた松島もまた、ほわりと笑顔をこぼす。
「ちょっと晃、いるの?」
母が、大荷物を抱えて扉を開けて、あら、と口を閉じる。
「しー」
「ごめん」
声を潜めた母が、二人を見比べて笑顔を見せる。
「それじゃ手伝ってって言えないわね」
「ちょっと動けない」
「はいはい」
重たそうに、買ってきた食材を机に置いてにこにこと笑いながら寄ってくる母へ、松島は渋面を向けた。この体勢では逃げられない。
「よく寝てる。可愛い」
「うん」
母の興味が一太に向いていたのでほっとした。
「何してたの?」
聞かれて、寝てても落とさなかった手の中のスマホを握り直す。そうだ。馬鹿みたいにたくさん撮ってきた写真を二人で眺めていたのだった。松島はそのまま持ち上げたスマホを構えて、一太の寝顔を画面に捉えた。思わず笑みをこぼしながら、シャッターを押す。カシャという音が大きく響いて、わ、うるさかったかな、起きないかな、とはらはらしながら寝顔の写真を確認した。上手く撮れていて、満足してスマホを置く。
顔を上げると、母の驚いた顔が目に入って、はたと思い出す。
「あ、ああ、えーと」
「あなた、そんな顔するのね」
どんな顔だよ、と思ったが賢く口を噤んだ。
「いっちゃんと仲良くできて、本当に良かったわ」
「あ、うん」
よく分からないが、仲は良いと思うので素直に頷く。
「遊んできたの?」
そう言いながら母は、荷物の所へ戻って手早く買ったものを取り出し始めた。
「あ、うん。周遊バスに乗って」
「あら、いいじゃない」
「うん」
くだらない、と思っていた観光場所も、一太と巡ったらとても楽しかった。こんなとこ、誰が来るんだ? と思ったこともあったけれど、それなりに人もいて、笑って挨拶をした。皆、楽しそうに、連れあってきた人と案内板を読んだり写真を撮ったりしていた。
そういうことか、と分かった日だった。
一太と行くから楽しいのだ。行く場所はきっとどこでもいい。一太と行くなら、どんな場所も楽しいに違いない。
そういうことなのだ。
松島は、一太もそうだといいな、と思いながら、毎日のシャンプーとリンスでかなり柔らかくなった一太の髪をそっと撫でた。
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