【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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96 ◇写真

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「はんこ、あった」

 松島は、嬉しそうにスタンプを押す一太の姿に、思わずスマホのカメラを起動していた。

「見て。上手くいった」

 スタンプラリーの台紙をこちらに向けた時に、ちょうどシャッターが下りる。
 カシャ、という音に少し驚いた一太が、

「な、何?」

 と、戸惑う。松島は、画面を確認して笑みを溢した。最高に良い笑顔の一太が写っている。上手に押せたらしいスタンプも、きっちりと画面に収まっていた。

「旅の記念」

 と、保存したスマホの画面を見せると一太は、えええ? と驚いて画像をまじまじと見つめた。

「俺?」
「うん、いっちゃん。後で画像を送るね」

 松島は、よく友だちとする会話をしたつもりだが、一太はぽかんと口を開けて、いつまでもその画像を見つめている。

「俺……」
「良い顔だったから、記念に」
「…………」
「いっちゃん?」
「あ、ごめん。びっくりして。俺の写真かあ……」
「んん?」

 松島は首を傾げた。一太の反応がいまいちよく分からない。そんな松島の反応に一太が照れたように笑う。

「写真、初めて」

 ふふ、とまだ松島のスマホの画面を見つめる一太に、やっと思い当たることがあった。
 修学旅行も遠足も行っていない、家族に家族として扱ってもらっていない一太に、写真を撮る機会があったとは思えない。

「卒業アルバム、とか、は?」
「あれ、高くて。買えなかった。顔写真は撮影したし、クラスの集合写真の中にも立ってはいるはずなんだけど、見たことはないんだ」
「そう、か」

 あまりに自分の普通が普通でない世界に、くらくらする。松島の体が普通でなくて、ほとんど病院にいた時期でさえ、何気なく写真を撮ってくれていた両親や姉たち。
 体調が悪くて浮腫んだ顔だったり、パジャマ姿だったりもした。そんな写真撮るな、捨てろと不機嫌な松島に、いつかこれも頑張った記念だと笑える日が来るよ、と笑っていた家族たち。お正月には、祖父母も一緒に並んで写真を撮った。運動会やピアノの発表会、文化祭、学芸会、何気ない日常のひとコマ。アルバムに、パソコンのデータに、一体どんなにたくさんの松島晃が残っている事だろう。
 こうして友だちと出掛けた先でも、誰や彼やがスマホを掲げて写真を撮っている。共に写っていれば、気軽に送られてきて、気に入ったら保存する。そんな、日常に溢れている、写真。
 それが。

「初めて?」
「うん」
 
 これが。この何気ない一枚が。
 ぐ、と胸が詰まって松島はそれを飲み込んだ。いっちゃんは喜んでいるのだ。それなら、一緒に喜ぶのが正解じゃないか?

「お城の前で、二人で撮る?」
「え?」
「お城、無いけど」

 残っているのは石垣だけのお城跡。それでも、一太が喜んだ記念の場所。

「うん。撮りたい。二人で」

 その笑顔を、ずっと記念に残そう、と松島は思った。
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