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83 顔を上げたら
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がたっ、と牧谷が立ち上がった。
「うちは今回、場所を貸しただけで、ここからは預かり知らぬ話のようです。すみませんが、この辺で。椛田くん。後は……」
「待ってください、牧谷さん。僕は、そんな……僕も、そんな昔のことは知らない。知りません。僕はまだこの仕事に就いて二年しか経っていないんですよ? 今回の話は、村瀬さんの弟さんが困っていたから……お兄さんとの生活を望んでいたから、その希望を叶えられないかとご相談しただけで……」
「困るよ。きちんと調べもせずに、厄介事を持ち込まれては」
「そんな。一人一人、丁寧に調べている時間なんて無いじゃないですか! せめて、気持ちを話してくれた子どものために、少しでも良いように、と、僕は……」
「すみません。よろしいですか」
牧谷と椛田が言い争うように話をしている所へ、松島の父はするりと口を挟んだ。
はっと二人が口をつぐんで、松島の父を見る。
「とりあえず、村瀬一太くんには、弟さんを引き取る意思がないことをご確認頂けましたかね」
「あ、ああ。それはもちろん」
牧谷は、愛想笑いを浮かべて頷いた。これで終われる、と一太が思った時だった。
「せめて、弟さんと会って話してみたらどうですか?」
椛田が、真剣な顔で口を出した。
「家族なんだから! お互いに誤解があるのかもしれない。僕たちを通して話したのでは、ちゃんと伝わらない言葉がきっとたくさんある!」
「………………」
一太は目を見開く。
あんなにはっきり言ったのに。自分の家族は、別にいたのだと。弟のことは、家族だと思っていない、と。
何も伝わっていないことに、一太は心底がっかりした。
言っても同じなのか。言わせてもらえない時と、何も変わらないのか。
うつ向いて、口を閉じる。
また、今までと同じように、自分以外の誰かの思い通りになって終わりなのか、と思った一太の手を、ぎゅっと松島の手が握った。
ずっと握ってくれていた大きな手。
ふと顔を上げる。
変わらない優しい目が、一太を見ていた。
いつの間にか止めていたらしい息を吐き出す。吸う。ああ、呼吸ができる。
「椛田さん。家庭内暴力の被害者と加害者を安易に会わせることは、私は反対です」
松島の父の冷たい声が、熱を帯びて語った椛田に向かう。
「え? 家庭内暴力って……。いやいや……僕は、家族の問題はまずは家族で、とご提案申し上げているだけで」
「では、その提案を却下致します」
「松島さん、あなたこそ、全くの部外者でしょう? 僕は、村瀬さんとお話をしているんです。どうですか、村瀬さん? 弟さんのこと、ご心配でしょう?」
「いいえ、全く」
きちんと息ができたこと。握ってくれている松島の手。一太の話をしっかり聞いて、弟と一太の関係を正確に把握してくれている松島の父の存在。
全てが心を強くする。
正直に話していいのだと後押ししてくれる。
今なら、普通じゃないと言われても構わなかった。
「え? ええ? まさか! だって、彼はお母さんにも君にも捨てられて、一人で……」
「俺は、生まれてすぐに捨てられたけど、成人まで生き延びることができました。十二歳の頃から働いてお金を稼いで、ご飯を食べて、学校にも通っています。弟はもう十六歳です。一人で生きていくのは簡単だと思います」
「うちは今回、場所を貸しただけで、ここからは預かり知らぬ話のようです。すみませんが、この辺で。椛田くん。後は……」
「待ってください、牧谷さん。僕は、そんな……僕も、そんな昔のことは知らない。知りません。僕はまだこの仕事に就いて二年しか経っていないんですよ? 今回の話は、村瀬さんの弟さんが困っていたから……お兄さんとの生活を望んでいたから、その希望を叶えられないかとご相談しただけで……」
「困るよ。きちんと調べもせずに、厄介事を持ち込まれては」
「そんな。一人一人、丁寧に調べている時間なんて無いじゃないですか! せめて、気持ちを話してくれた子どものために、少しでも良いように、と、僕は……」
「すみません。よろしいですか」
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「あ、ああ。それはもちろん」
牧谷は、愛想笑いを浮かべて頷いた。これで終われる、と一太が思った時だった。
「せめて、弟さんと会って話してみたらどうですか?」
椛田が、真剣な顔で口を出した。
「家族なんだから! お互いに誤解があるのかもしれない。僕たちを通して話したのでは、ちゃんと伝わらない言葉がきっとたくさんある!」
「………………」
一太は目を見開く。
あんなにはっきり言ったのに。自分の家族は、別にいたのだと。弟のことは、家族だと思っていない、と。
何も伝わっていないことに、一太は心底がっかりした。
言っても同じなのか。言わせてもらえない時と、何も変わらないのか。
うつ向いて、口を閉じる。
また、今までと同じように、自分以外の誰かの思い通りになって終わりなのか、と思った一太の手を、ぎゅっと松島の手が握った。
ずっと握ってくれていた大きな手。
ふと顔を上げる。
変わらない優しい目が、一太を見ていた。
いつの間にか止めていたらしい息を吐き出す。吸う。ああ、呼吸ができる。
「椛田さん。家庭内暴力の被害者と加害者を安易に会わせることは、私は反対です」
松島の父の冷たい声が、熱を帯びて語った椛田に向かう。
「え? 家庭内暴力って……。いやいや……僕は、家族の問題はまずは家族で、とご提案申し上げているだけで」
「では、その提案を却下致します」
「松島さん、あなたこそ、全くの部外者でしょう? 僕は、村瀬さんとお話をしているんです。どうですか、村瀬さん? 弟さんのこと、ご心配でしょう?」
「いいえ、全く」
きちんと息ができたこと。握ってくれている松島の手。一太の話をしっかり聞いて、弟と一太の関係を正確に把握してくれている松島の父の存在。
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今なら、普通じゃないと言われても構わなかった。
「え? ええ? まさか! だって、彼はお母さんにも君にも捨てられて、一人で……」
「俺は、生まれてすぐに捨てられたけど、成人まで生き延びることができました。十二歳の頃から働いてお金を稼いで、ご飯を食べて、学校にも通っています。弟はもう十六歳です。一人で生きていくのは簡単だと思います」
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