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82 答えはシンプル
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「無理です。俺は、自分の生活費を稼ぐのに精一杯で、他の人を養うなんてできません」
ゆっくりと呼吸をしながら、椛田の目を見て言葉を紡ぐ。椛田が驚いた顔をしたから、一太の声は震えていても伝わったようだ。
「あ、ああ。あー、そう、お金。いや、どうしても足りなければ生活保護とか、色々手段はあるから。お金のことじゃなく、弟さんのことを考えてみてくれないかな」
「分かりました。弟のことだけなら簡単です。もう二度と、弟と共に暮らしたくありません」
お金のことを考えないでって、馬鹿かな? それとも、ものすごいお金持ちの人? お金が無いと暮らせないことを知らないで、よくこんな仕事をしているな。お金が無いからと捨てられた子ども達も、児童養護施設にはたくさん居たぞ。一太は首を傾げながらも、きちんと返事をする。
弟のことだけを考えて返事をするなら、答えはよりシンプルだ。
「へ?」
椛田は心底驚いた顔をした。口がぱかりと開いて、非常に間抜けだ。
「な、何で? だって家族でしょう? 弟さんは、お兄さんとの生活を希望されているんですよ?」
「殴られるから嫌です。お金を盗まれるから嫌です。全ての仕事を俺に押し付け、四六時中罵ってくるから嫌です」
震えは止まって、一太のしっかりとした声が狭い部屋に響いた。松島が、よくやった、というように、一太の膝の上の手を握って揺らす。
ついに。
ついに、言うことができた。
ずっと、ずっと言いたかった。誰も聞いてくれなかったことを。
「え? え? ええ?」
「椛田くん? 聞いていた話と随分違うようだが」
先程まで椛田を援護していた人が、椛田をじろりと見ながら口を開く。名刺には牧谷とあった。
「いや。え? だって弟さんは、お兄さんとは仲が良くて、助け合って生きてきたって言ってて。なのに突然、自分が高校に通うための貯金を持ち逃げされてしまったと。それで、もともと上手くいっていなかった母親との仲も険悪になって、気が付いたら母親も家から居なくなっていたって。それでも、自分は兄を信じているから、謝ってくれるなら持ち逃げした貯金で二人で暮らそうと提案してほしい、と」
「俺は、俺が働いて稼いだ俺のお金を持って家を出ただけです。あの家で、俺のためにお金が出されたことはありません」
「な、そんな馬鹿な……」
「俺は、高校に通うためのお金が足りなくて、働きながら夜間の高校に通うのが精一杯でした。中学校や小学校の給食費も、新聞配達で稼ぎました。修学旅行などは一度も行っていません。足りなかったし、少しでも貯まると母や弟に盗まれたから。家事も、家に置いてほしければ全てやれと言われて俺がしていました。その上、そうして頑張って俺が働いて稼いだお金で、ちゃんと勉強もしていない弟が私立の高校に通う学費を出せ、と母と弟が言ったんです。我慢できなくて家を出ました」
「……何故、通報されなかった?」
絶句した椛田に代わって、牧谷が口を開く。
「されました。でも、児童相談員も母も、俺を話の場に入れてはくれませんでした。俺は児童養護施設に帰りたかったし、母は返したかったのに、結局母が言いくるめられてそのままでした。いつも話し合いが済んだら、家族で暮らすのが一番だよ、と笑って俺の頭を撫でて児童相談員は帰って行きました。俺は生まれた時から七年近く、児童養護施設で育ったから、俺にとっての家族は本当はそちらでした。帰りたかった。ずっと」
「通報を受けながら、ネグレクトを見逃していた、という案件になりますかね」
松島の父の言葉に、牧谷も言葉を失った。
ゆっくりと呼吸をしながら、椛田の目を見て言葉を紡ぐ。椛田が驚いた顔をしたから、一太の声は震えていても伝わったようだ。
「あ、ああ。あー、そう、お金。いや、どうしても足りなければ生活保護とか、色々手段はあるから。お金のことじゃなく、弟さんのことを考えてみてくれないかな」
「分かりました。弟のことだけなら簡単です。もう二度と、弟と共に暮らしたくありません」
お金のことを考えないでって、馬鹿かな? それとも、ものすごいお金持ちの人? お金が無いと暮らせないことを知らないで、よくこんな仕事をしているな。お金が無いからと捨てられた子ども達も、児童養護施設にはたくさん居たぞ。一太は首を傾げながらも、きちんと返事をする。
弟のことだけを考えて返事をするなら、答えはよりシンプルだ。
「へ?」
椛田は心底驚いた顔をした。口がぱかりと開いて、非常に間抜けだ。
「な、何で? だって家族でしょう? 弟さんは、お兄さんとの生活を希望されているんですよ?」
「殴られるから嫌です。お金を盗まれるから嫌です。全ての仕事を俺に押し付け、四六時中罵ってくるから嫌です」
震えは止まって、一太のしっかりとした声が狭い部屋に響いた。松島が、よくやった、というように、一太の膝の上の手を握って揺らす。
ついに。
ついに、言うことができた。
ずっと、ずっと言いたかった。誰も聞いてくれなかったことを。
「え? え? ええ?」
「椛田くん? 聞いていた話と随分違うようだが」
先程まで椛田を援護していた人が、椛田をじろりと見ながら口を開く。名刺には牧谷とあった。
「いや。え? だって弟さんは、お兄さんとは仲が良くて、助け合って生きてきたって言ってて。なのに突然、自分が高校に通うための貯金を持ち逃げされてしまったと。それで、もともと上手くいっていなかった母親との仲も険悪になって、気が付いたら母親も家から居なくなっていたって。それでも、自分は兄を信じているから、謝ってくれるなら持ち逃げした貯金で二人で暮らそうと提案してほしい、と」
「俺は、俺が働いて稼いだ俺のお金を持って家を出ただけです。あの家で、俺のためにお金が出されたことはありません」
「な、そんな馬鹿な……」
「俺は、高校に通うためのお金が足りなくて、働きながら夜間の高校に通うのが精一杯でした。中学校や小学校の給食費も、新聞配達で稼ぎました。修学旅行などは一度も行っていません。足りなかったし、少しでも貯まると母や弟に盗まれたから。家事も、家に置いてほしければ全てやれと言われて俺がしていました。その上、そうして頑張って俺が働いて稼いだお金で、ちゃんと勉強もしていない弟が私立の高校に通う学費を出せ、と母と弟が言ったんです。我慢できなくて家を出ました」
「……何故、通報されなかった?」
絶句した椛田に代わって、牧谷が口を開く。
「されました。でも、児童相談員も母も、俺を話の場に入れてはくれませんでした。俺は児童養護施設に帰りたかったし、母は返したかったのに、結局母が言いくるめられてそのままでした。いつも話し合いが済んだら、家族で暮らすのが一番だよ、と笑って俺の頭を撫でて児童相談員は帰って行きました。俺は生まれた時から七年近く、児童養護施設で育ったから、俺にとっての家族は本当はそちらでした。帰りたかった。ずっと」
「通報を受けながら、ネグレクトを見逃していた、という案件になりますかね」
松島の父の言葉に、牧谷も言葉を失った。
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