【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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81 話し合い

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「それではまず、何故、二十歳はたちの学生に未成年者の養育を提案するような荒唐無稽な考えに至ったのかをお聞かせ頂いても宜しいですか?」

 穏やかにも見える顔で、松島の父は流れるように言葉を紡いだ。
 あの日……母親が失踪したので、生活ができなくなった弟を引き取ってくれまいか、と電話を受けた日だ。ピザを食べた一太は、風呂も入らずに松島にもたれ掛かって寝てしまった。起きたら、松島のベッドを占領していて、朝だった。だから、夜の間に松島が父親とどんな風に連絡を取り合ったのかなどは何も知らない。
 気付けば、連絡を寄越した役所の人との話し合いが決まっていて、あちらが、一太達の住む町に出向いて来てくれることになっていた。今住んでいる町の役所の一室を借りて、松島の父と一太と松島が並んで座っている。
 面談室とでも言うのだろうか、机と椅子が置いてあるだけの狭い部屋で、机を挟んだ向かい側に、電話を寄越した者と、この町の役所の人間が一人座っていた。
 一太の生い立ちやこの町へ来るまでの生活は、松島の父に聞かれるまま電話で伝えた。

「よく頑張った。君はもうこれ以上、共に住んでいただけの他人に振り回される必要はない。今までの分まで、私が全力で君を保護しよう」

 力強くそう言った松島の父は、あっという間にこの面談の手筈を整えたのだ。
 
「何で?」

 何でこんなに良くしてくれるのだろう? 保護者の存在しなかった一太には、こうして面倒を見てくれる存在が、ただただ不思議で仕方ない。

「いっちゃんが僕の友達で、大切な人だから」

 松島がそう言って、松島の父が力強く頷く。たったそんな理由で? と思うが、特別親しい人間もいなかった一太には、それが普通かどうかの判断はつかなかった。

「いや、あの。決まりに則って、と言いますか、その、成人している血縁の方がいらっしゃる場合は、お声掛けすることになっておりまして……」
「こちらも、たくさんの事案を抱えておりましてね。保護される子どもの数は年々増えて、施設はどこもいっぱいなので。無条件に預かることができません。決められた手順の通りに物事を勧めているだけなのですよ。荒唐無稽などとの暴言は、聞き捨てなりませんな」

 一太に電話をしてきた児童相談員だという人間は、まだ二十代後半といった所だろう。松島の父に少し気圧されながら答えた。隣に同席した者はもう少し年嵩で、五十歳ほどに見える。落ち着いた様子で、若い同業者を庇うように言葉を重ねた。

「いや、これは失礼。事実を述べたつもりでしたが、暴言と取られるとは。申し訳ない。弁護士として、反省致します。それでは、本当に養育を提案した訳ではなく、決まりだから戸籍上の兄となっている村瀬一太くんに電話をしただけ、ということで宜しいですか?」

 非難めいた言葉を受けても様子は変わらず、流れるように松島の父は話す。一太は、膝の上に置いた手を握りしめていた。決まりだから電話をしただけ。それなら、できない、と言えば終わる。そういうことなら……。

「ええ、まあ。いえ、できれば引き取って頂ければ、とは思っています」

 若い児童相談員、受け取った名刺には椛田かばたと名前があった。椛田かばたは、真剣な顔で一太に視線を寄越す。

「やはり、家族で暮らすのが一番だと思いますし。弟さんも、児童養護施設に入るよりお兄さんと生活をしたい、と希望されていますので」

 心からそう思っている視線に貫かれて、一太の喉がひゅっと鳴った。
 嫌だ。
 いやだ。
 俺は、一緒に暮らしたくない。

「いっちゃん」

 隣に座った松島の手がそっと伸びてきて、一太の背を摩る。

「深呼吸。大丈夫だから。ね? 落ち着いて」

 一太の少し潤んだ視界に、大好きな優しい顔が映った。

「いっちゃんの気持ちは、ちゃんと分かってる」

 そうだ。松島と松島の父は、一太の気持ちを丁寧に聞いてくれた。薄情かもしれないが、母とも弟とも、書類上だけでも縁を切れるなら切りたい、と言った一太に、分かったと頷いてくれた。きちんと気持ちを言葉にできて偉い、と褒めてくれた。
 一太の気持ちを、相手に伝える手伝いをしよう、と申し出てくれた。
 今日の話し合いも、辛いなら同席しなくてもいい、と松島の父に言ってもらったのに、同席を希望したのは一太だ。もう二度と、自分の知らないところで自分の処遇を決められたくなかったから。だから。
 伝えよう、自分の意思を。
 もう、一人じゃない。

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