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73 ◇ただの付き添いでしか無いけれど
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「あの。村瀬くんの体調に何か……?」
呼ばれた松島は、深刻な顔で診察室に入ってきた。病院で家族が呼ばれる場合、大抵良くない話のことが多いからだ。家族ではない、ただの付き添いが呼ばれるなんて、何かあったに違いない、と思ってしまう。
「ああ、ああ。何でもない、何にもないよ。元気、元気」
医師が慌てて言った。松島の顔付きに焦ったのだろう。
「もう、僕のやることは無いみたいだ。今日でおしまい。大丈夫」
「あ……」
松島は、ふうっと息を吐く。
「そうですか。それは、良かった」
一太を見ると、リラックスした様子で座っているので本当のことらしい。松島は、一太に、へにゃと笑いかけて、勧められた隣の椅子に座った。
「仲が良いんだね。幼馴染み?」
「いえ。大学で知り合いました」
「へえ。じゃあ四月から?」
「はい、そうですね。いや、五月かな?」
「よく気が合ったんだ?」
「たぶん?」
ふーん、と医師は笑顔を崩さずに松島と一太を交互に見る。一太は、黙って座っていた。すっかり表情を失くして。
「お友達、あ、えーと、名前をきいてもいいかな」
「松島と言います」
「松島くんから声を掛けたの?」
「ああ、まあ、そうですね。男の少ない大学なので」
「そうなんだ」
「幼児教育学科の短大なので」
「ああ、ボランティアに行くって言ってたっけ」
医師は、また二人を交互に見た。
「村瀬くん、似合うね」
「へ?」
自分に話し掛けられるとは微塵も思っていなかったらしく、一太がおかしな声を上げる。
「幼稚園の先生になるんでしょ? 似合うね」
「あ、あ、えーと。ありがとう、ございます?」
医師は、反応を予測して話しているらしく、一太が戸惑っていても構わずに話を続けた。
これは、何のやり取りなんだろう? と松島は内心、首を傾げる。
「あ、もちろん、松島くんも合ってると思うよ。人気出そう、お母さん達に」
「僕は、子ども達に人気のいっちゃんが羨ましいです」
「ああ。もう人気なんだね。すごいな、天職だ」
「あ、あの……」
医師と松島が二人で一太の方を向くと、一太が酷く驚いた顔で、口を開きかけては閉じる。
「うん」
医師は、頷いて一太の話の続きを待った。顔は笑顔のままだ。
まるで、本当に自分が話してもいいのかと確かめるように、一太は何度か医師と松島の顔を見た。その行動の意味が、松島にはさっぱり分からなかったけれど、医師は根気強く待っている。きっとこれは、医師が確かめたかったことの一つなのだろう。
「あ、晃くんは、お母さん達と話すのが上手くて、凄いです。ピアノが上手で、何でも弾けます」
「そうかあ。それは凄いな」
「はい」
一太が、嬉しそうに笑って頷く。
あれ?
今、物凄く褒められた?
松島は、かっと頬が熱くなるのを感じた。
「い、いっちゃんの方が凄いよ。赤ちゃんの気持ちが分かるんだもの」
「え? え? そんなことないよ。晃くんの方がすごい……」
「ふふっ」
医師の笑い声に、はっと口を閉じる。こんな所で褒め合いをしてどうする。恥ずかしい。
「二人とも、きっと良い先生になれるよ。松島くん、今日はありがとう。最後に一つだけ。村瀬くんは、何か特定のものが怖いなあ、と思ったりする?」
「え? いや、うーん……?」
「そっか。松島くんから見て、どうかな?」
「ええっと……」
松島は、口にしていいのか、少し悩んだ。一太が意識していないなら、自分が口にすることで気付いてしまうのは良くないかもしれない。けれど、医師がこうして本人の前で聞くのだから、気付いた方がいいということなのだろうか。
医師が頷くので、おずおずと口にしてみる。
「お母さん達……? 女の人? が少し苦手なのかなって思ったことはあります」
呼ばれた松島は、深刻な顔で診察室に入ってきた。病院で家族が呼ばれる場合、大抵良くない話のことが多いからだ。家族ではない、ただの付き添いが呼ばれるなんて、何かあったに違いない、と思ってしまう。
「ああ、ああ。何でもない、何にもないよ。元気、元気」
医師が慌てて言った。松島の顔付きに焦ったのだろう。
「もう、僕のやることは無いみたいだ。今日でおしまい。大丈夫」
「あ……」
松島は、ふうっと息を吐く。
「そうですか。それは、良かった」
一太を見ると、リラックスした様子で座っているので本当のことらしい。松島は、一太に、へにゃと笑いかけて、勧められた隣の椅子に座った。
「仲が良いんだね。幼馴染み?」
「いえ。大学で知り合いました」
「へえ。じゃあ四月から?」
「はい、そうですね。いや、五月かな?」
「よく気が合ったんだ?」
「たぶん?」
ふーん、と医師は笑顔を崩さずに松島と一太を交互に見る。一太は、黙って座っていた。すっかり表情を失くして。
「お友達、あ、えーと、名前をきいてもいいかな」
「松島と言います」
「松島くんから声を掛けたの?」
「ああ、まあ、そうですね。男の少ない大学なので」
「そうなんだ」
「幼児教育学科の短大なので」
「ああ、ボランティアに行くって言ってたっけ」
医師は、また二人を交互に見た。
「村瀬くん、似合うね」
「へ?」
自分に話し掛けられるとは微塵も思っていなかったらしく、一太がおかしな声を上げる。
「幼稚園の先生になるんでしょ? 似合うね」
「あ、あ、えーと。ありがとう、ございます?」
医師は、反応を予測して話しているらしく、一太が戸惑っていても構わずに話を続けた。
これは、何のやり取りなんだろう? と松島は内心、首を傾げる。
「あ、もちろん、松島くんも合ってると思うよ。人気出そう、お母さん達に」
「僕は、子ども達に人気のいっちゃんが羨ましいです」
「ああ。もう人気なんだね。すごいな、天職だ」
「あ、あの……」
医師と松島が二人で一太の方を向くと、一太が酷く驚いた顔で、口を開きかけては閉じる。
「うん」
医師は、頷いて一太の話の続きを待った。顔は笑顔のままだ。
まるで、本当に自分が話してもいいのかと確かめるように、一太は何度か医師と松島の顔を見た。その行動の意味が、松島にはさっぱり分からなかったけれど、医師は根気強く待っている。きっとこれは、医師が確かめたかったことの一つなのだろう。
「あ、晃くんは、お母さん達と話すのが上手くて、凄いです。ピアノが上手で、何でも弾けます」
「そうかあ。それは凄いな」
「はい」
一太が、嬉しそうに笑って頷く。
あれ?
今、物凄く褒められた?
松島は、かっと頬が熱くなるのを感じた。
「い、いっちゃんの方が凄いよ。赤ちゃんの気持ちが分かるんだもの」
「え? え? そんなことないよ。晃くんの方がすごい……」
「ふふっ」
医師の笑い声に、はっと口を閉じる。こんな所で褒め合いをしてどうする。恥ずかしい。
「二人とも、きっと良い先生になれるよ。松島くん、今日はありがとう。最後に一つだけ。村瀬くんは、何か特定のものが怖いなあ、と思ったりする?」
「え? いや、うーん……?」
「そっか。松島くんから見て、どうかな?」
「ええっと……」
松島は、口にしていいのか、少し悩んだ。一太が意識していないなら、自分が口にすることで気付いてしまうのは良くないかもしれない。けれど、医師がこうして本人の前で聞くのだから、気付いた方がいいということなのだろうか。
医師が頷くので、おずおずと口にしてみる。
「お母さん達……? 女の人? が少し苦手なのかなって思ったことはあります」
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