【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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「何か良いことがあった?」

 月曜の診察で、いつもの医師が言った。

「え? え?」

 めくった服を戻しながら、一太は盛大に首を傾げる。あった、といえばたくさんあった。この一週間は、神様からもらった休暇のように、楽しくてのんびりとした日々だった。たくさん食べて、のんびりと寝て、ケーキを焼いた。
 そして……。

「うん。良いことあったんだねえ」

 ぎゅって抱っこしてもらったことを思い出して頬の緩んだ一太に、医師が優しく笑いかける。

「もう大丈夫そうだなあ。僕とは一旦、お別れかな」
「はいっ」

 嬉しい。
 この医師には本当によくしてもらって、命を繋いでもらったので感謝しかないが、病院は無料ではない。検査も診察も、三割負担でも結構な金額だ。まだしばらく通えと言われなくて、本当に良かった。

「うん。そんなに喜ばれると複雑なんだけれど、僕とずっと関わりがあるのはよくないことだから、まあ、正しい反応だよね。うん。本当は定期的に検査したいけれど……」
「て、定期的に検査?」

 何で? 普通の人はそうなの?
 参考に、と一緒に住んでいた人々を思い出してみるが、そんなにしょっちゅう病院になど行っていなかった。
 生まれつき病気だった晃くんも、治療の済んだ今では、一年に一回、検査を受けにいくだけだと言っていた。

「うん。でも、僕の管轄じゃない気がするなあ。別の科に通えって言ったら、どうする?」
「な、な、なんで? 俺、何が悪いんですか?」
「うーん。いや。体は元気になってきた。細いけど。細すぎるけど。まあ、それは、うん、頑張って食べてもらって、後は、のんびりしてもらって……。そうだなあ、うーん……」

 医師は、何か言いにくそうに一太を見ている。

「ね、君を連れて帰った友達は、今日も一緒に来てる?」
「あ、はい」

 松島は基本的に、どこでも付いてくる。病院なんて、絶対に。病院に一人で行くなんて駄目、らしい。ずっと一人だった一太にはよく分からない感覚だが、一人で行くのはよくない所と、一人で行っていい所があるようだ。
 方向音痴を持ち出されると辛い。確かに、一太は迷う可能性がある。最近は、新しくなったスマホにあった地図のアプリを見てみたりもしているのだが、まず、自分の向いている方向が分からずに、スマホをぐるぐる回していることもある。バス代もかかるのに、いつも必ず付いてきてくれる松島には、感謝しかない。
 松島のことを考えて、一太の頬がまた緩んだ。

「うん。そうか」

 医師は、にこにこ笑う。

「ちょっと呼んで、お話を聞いてもいいかな?」

 一太のことを話すんだろうか。
 それなら、と一太は聞く。

「俺はいない方がいいですか?」

 そういうとき、いつも自分の知らない所で話は進んでいたから。

「ああ、成程」

 医師は、何故か一太の頭を撫でた。

「大丈夫。居てもいいよ。大丈夫。勝手なことはしないから」
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