【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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 人の欲望には、終わりが無いらしい。一度その気持ち良さを知ってしまうと、もっともっと、と心が訴える。
 けれど一太は、ねだり方を知らなかった。甘え方を知らなかった。
 一度体が離れてしまうと、どうやってあの体勢になっていたのかも分からないし、どう言えば、もう一度あれをしてもらえるかも分からない。ああ、もう一回。もう一回、ぎゅって抱っこして。
 何だかふわふわした気分のまま、松島の母が作った昼食を食べた。今日も、美味しいカレーだった。

「いっちゃん。私とすぐに連絡がつくように、連絡先を交換しましょ」

 カレーを食べながら、松島の母が言う。

「料理の作り方で悩んだときとか、連絡して。私で分かることなら教えるから。そういう相手がいると、安心じゃない? 晃が家事を手伝わないとか、そんな愚痴でもいいからね」
「…………? えーと、はい?」

 一太は首を傾げながら、返事をする。分からない時に聞く相手?
 そういうときは、本を読んで調べるものだ。誰も、助けてはくれない。
 愚痴? そんなもの、ない。誰かのことをどうこう言う暇なんて無かったし、考えたこともない。何でも、そういうものだと思えばやり過ごせる。言ったってしょうがないものはしょうがないのだ。晃くんのことを言うなら、晃くんはいつも優しい、と伝えるくらい?
 一太はそんなことを考えながら、滅多に使うことのないスマホを取り出して、無料でメッセージを送ったり通話ができるアプリを立ち上げた。
 うんうんと唸るように真ん中でくるくる回るマークが出て、しばらく待って画面が出る。
 以前はこれほど待つことはなかったのだが、大学の関係のアプリなどを入れたらなかなか立ち上がらなくなってしまった。まあ、待てばよいことだし、かかってきた電話はすぐに取れるので問題ない。

「…………」

 慣れている一太は、アプリを立ち上げる作業をした後でのんびりカレーを食べていたが、松島の母がスマホを手にずっと待っているので、あれ? とそちらを見た。松島も、松島の母も絶句している。

「あ、ええっと、待たせてごめんなさい。待ってたら出てくるから」

 画面が消えないように、たまに画面に手をかざす。

「待って待って。いつもこんな感じ?」
「え? うん」
「え? 本当に? ちょっと、調べてみてもいい?」
「あ、うん」

 ひょい、と渡すと、真剣な顔であちこちをタップしていた松島が、

「容量16GB? うっそだろ」

 と、叫んだ。

「何それ。何か足りないの?」
「足りないよ。これじゃ何にも入らないよ。写真の保存もできないよ。大学の提出課題をこれで書いて、ちょっと保存とかも難しいじゃん」
「私のは、いくつなの?」
「母さんのは64GB。俺のは128GB」
「ええ? いっちゃんの、少なくない?」
「少ないよ。全然足りてないよ」

 詳しくは分からないが、まあ一太はそれほど困っていない。大学の課題は、大学に設置されているパソコンを借りて、清書して提出している。下書きは、ノートに手書きだ。バイト先と大学の、休講や何かの連絡さえ届けばいいのだ。

「スマホを買いにいこう」

 だから、そんな真剣な顔で言われても困る。一体、幾らするのか。

「新しいスマホを買えば、色んなスーパーや店屋のアプリを入れて、割引き券がゲットできるようになるよ」
「……っ!」

 それは、一太がいつもやりたかったことだ。アプリがあれば安い、という文言にはとても惹かれていた。
 先行投資だと思えば、結局はお得なのかも……。
 後で、電気屋でスマホの値段を知った一太は、松島の言葉に乗ったことを、魔が差したと後悔した。けれど結局、最新ではないが、今、使用しているものよりかなり性能の良いスマホを購入した。先行投資だ、必要経費だ、と何とか自分を納得させて。
 その後は、安く買い物をするための研究が始まった。
 またまた、楽しい日々だった。
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