上 下
71 / 398

71 バージョンアップ

しおりを挟む
 人の欲望には、終わりが無いらしい。一度その気持ち良さを知ってしまうと、もっともっと、と心が訴える。
 けれど一太は、ねだり方を知らなかった。甘え方を知らなかった。
 一度体が離れてしまうと、どうやってあの体勢になっていたのかも分からないし、どう言えば、もう一度あれをしてもらえるかも分からない。ああ、もう一回。もう一回、ぎゅって抱っこして。
 何だかふわふわした気分のまま、松島の母が作った昼食を食べた。今日も、美味しいカレーだった。

「いっちゃん。私とすぐに連絡がつくように、連絡先を交換しましょ」

 カレーを食べながら、松島の母が言う。

「料理の作り方で悩んだときとか、連絡して。私で分かることなら教えるから。そういう相手がいると、安心じゃない? 晃が家事を手伝わないとか、そんな愚痴でもいいからね」
「…………? えーと、はい?」

 一太は首を傾げながら、返事をする。分からない時に聞く相手?
 そういうときは、本を読んで調べるものだ。誰も、助けてはくれない。
 愚痴? そんなもの、ない。誰かのことをどうこう言う暇なんて無かったし、考えたこともない。何でも、そういうものだと思えばやり過ごせる。言ったってしょうがないものはしょうがないのだ。晃くんのことを言うなら、晃くんはいつも優しい、と伝えるくらい?
 一太はそんなことを考えながら、滅多に使うことのないスマホを取り出して、無料でメッセージを送ったり通話ができるアプリを立ち上げた。
 うんうんと唸るように真ん中でくるくる回るマークが出て、しばらく待って画面が出る。
 以前はこれほど待つことはなかったのだが、大学の関係のアプリなどを入れたらなかなか立ち上がらなくなってしまった。まあ、待てばよいことだし、かかってきた電話はすぐに取れるので問題ない。

「…………」

 慣れている一太は、アプリを立ち上げる作業をした後でのんびりカレーを食べていたが、松島の母がスマホを手にずっと待っているので、あれ? とそちらを見た。松島も、松島の母も絶句している。

「あ、ええっと、待たせてごめんなさい。待ってたら出てくるから」

 画面が消えないように、たまに画面に手をかざす。

「待って待って。いつもこんな感じ?」
「え? うん」
「え? 本当に? ちょっと、調べてみてもいい?」
「あ、うん」

 ひょい、と渡すと、真剣な顔であちこちをタップしていた松島が、

「容量16GB? うっそだろ」

 と、叫んだ。

「何それ。何か足りないの?」
「足りないよ。これじゃ何にも入らないよ。写真の保存もできないよ。大学の提出課題をこれで書いて、ちょっと保存とかも難しいじゃん」
「私のは、いくつなの?」
「母さんのは64GB。俺のは128GB」
「ええ? いっちゃんの、少なくない?」
「少ないよ。全然足りてないよ」

 詳しくは分からないが、まあ一太はそれほど困っていない。大学の課題は、大学に設置されているパソコンを借りて、清書して提出している。下書きは、ノートに手書きだ。バイト先と大学の、休講や何かの連絡さえ届けばいいのだ。

「スマホを買いにいこう」

 だから、そんな真剣な顔で言われても困る。一体、幾らするのか。

「新しいスマホを買えば、色んなスーパーや店屋のアプリを入れて、割引き券がゲットできるようになるよ」
「……っ!」

 それは、一太がいつもやりたかったことだ。アプリがあれば安い、という文言にはとても惹かれていた。
 先行投資だと思えば、結局はお得なのかも……。
 後で、電気屋でスマホの値段を知った一太は、松島の言葉に乗ったことを、魔が差したと後悔した。けれど結局、最新ではないが、今、使用しているものよりかなり性能の良いスマホを購入した。先行投資だ、必要経費だ、と何とか自分を納得させて。
 その後は、安く買い物をするための研究が始まった。
 またまた、楽しい日々だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ

雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。 浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。 攻め:浅宮(16) 高校二年生。ビジュアル最強男。 どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。 受け:三倉(16) 高校二年生。平凡。 自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

付き合って一年マンネリ化してたから振られたと思っていたがどうやら違うようなので猛烈に引き止めた話

雨宮里玖
BL
恋人の神尾が突然連絡を経って二週間。神尾のことが諦められない樋口は神尾との思い出のカフェに行く。そこで神尾と一緒にいた山本から「神尾はお前と別れたって言ってたぞ」と言われ——。 樋口(27)サラリーマン。 神尾裕二(27)サラリーマン。 佐上果穂(26)社長令嬢。会社幹部。 山本(27)樋口と神尾の大学時代の同級生。

処理中です...