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65 穏やかな時間
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泣き声が響く朝の託児室はいつも通りで、一太も松島も、あっという間にこういうものだと学んだ。そして、当たり前のように担当の子ども達を受け取った。
松島は、今回も真剣な顔で、けいとくんが転ばないように支えて座っていた。その横で、玩具で楽しく遊ぶうみちゃんにぽつりぽつりと話しかけている。一太は、そちらをちらちらと見ながら、とものりくんを抱いていた。
松島の真剣な顔を見ていると、もう少し、預けにきたお母さん達に見せた笑顔を、子ども達にも出せたらいいのに、と一太は可笑しくなる。
朝、子どもを連れてきたお母さん達は大喜びだった。
「ね、本当に格好いいでしょう?」
「わあ、本当だ。晃先生、よろしくお願いします。一太先生も、よろしくお願いします」
「あ、あの、はい……」
と、お母さん達に気圧されながら子どもを預かる一太の横で、
「はーい。とものりくんは今日は眠くなりそう? 了解です」
「けいとくん、ミルク入ってるんですね。分かりましたー」
と、引き継ぎが次々と行われていく。
「頼りないですが、預からせて頂きます」
松島も、けいとくんのお母さんに笑顔を向けながら、頭を下げていた。
ああ。子どもの相手だけでなく、お母さん達ともすんなり話せるようにならなくては。
一太に、そう思う気持ちはあるのだが、これだけたくさんの女の人の声が一斉に聞こえると、少々怖い。家にいた、母らしき人の声を思い出すから、かもしれなかった。先生達の声は何ともないのに、それとの違いは何なのだろう。
とものりくんは、今日は、泣かずにぎゅうと一太にしがみついていて、腕から下りる気はなさそうだ。温かくて柔らかいその感触が気持ちよくて、すりすりと髪の毛に頬を当てる。
可愛い。
自然と頬が緩んで、とものりくんを揺らしながら窓に近寄った。
前回は見かけなかったげんきくんという名の二歳くらいの男の子が、窓の前の一人がけソファによじのぼって外を見ている。何かあってもすぐに対処できるようにと、げんきくんの後ろに立って見守っていた優子先生が、車を何台も積んだトラックを見て言った。
「あ、キャリーカーきたよ」
「カーキャリー」
「ん? キャリーカーじゃなくてカーキャリー?」
「カーキャリー」
げんきくんが頷いて、優子先生は、ほお、と感心した声を出す。
「そうかあ。げんきくんはよく知ってるねえ。すごいなあ」
うんうんと頷くげんきくんが可愛い。一太は、抱いているとものりくんの顔が外を見られるように向きを考えて立ちながら、とものりくんに話しかける。
「ともくん、バス来るかなあ、バス」
「あっち、来た」
「あ、本当だ。バス停に停まったよ。誰か乗ってるね」
げんきくんが答えてくれて、一太が返事をすると、ちらりとこちらを向いたげんきくんが、またどこかを指差す。
「あれ」
「ん? 何?」
「ミキサーしゃ」
「おお、本当だ。ミキサー車だ」
「ん」
後ろからしゅんくんの泣き声が聞こえて、げんきくんのこと、ちょっとお願いね、と優子先生が離れていった。腕の中では、とものりくんがうとうとと体を預けてくる。
こんなに穏やかで心地好い時間を過ごせて、一太は本当に幸せだった。
意識しなくても、にこにこと頬は緩んでいた。
松島は、今回も真剣な顔で、けいとくんが転ばないように支えて座っていた。その横で、玩具で楽しく遊ぶうみちゃんにぽつりぽつりと話しかけている。一太は、そちらをちらちらと見ながら、とものりくんを抱いていた。
松島の真剣な顔を見ていると、もう少し、預けにきたお母さん達に見せた笑顔を、子ども達にも出せたらいいのに、と一太は可笑しくなる。
朝、子どもを連れてきたお母さん達は大喜びだった。
「ね、本当に格好いいでしょう?」
「わあ、本当だ。晃先生、よろしくお願いします。一太先生も、よろしくお願いします」
「あ、あの、はい……」
と、お母さん達に気圧されながら子どもを預かる一太の横で、
「はーい。とものりくんは今日は眠くなりそう? 了解です」
「けいとくん、ミルク入ってるんですね。分かりましたー」
と、引き継ぎが次々と行われていく。
「頼りないですが、預からせて頂きます」
松島も、けいとくんのお母さんに笑顔を向けながら、頭を下げていた。
ああ。子どもの相手だけでなく、お母さん達ともすんなり話せるようにならなくては。
一太に、そう思う気持ちはあるのだが、これだけたくさんの女の人の声が一斉に聞こえると、少々怖い。家にいた、母らしき人の声を思い出すから、かもしれなかった。先生達の声は何ともないのに、それとの違いは何なのだろう。
とものりくんは、今日は、泣かずにぎゅうと一太にしがみついていて、腕から下りる気はなさそうだ。温かくて柔らかいその感触が気持ちよくて、すりすりと髪の毛に頬を当てる。
可愛い。
自然と頬が緩んで、とものりくんを揺らしながら窓に近寄った。
前回は見かけなかったげんきくんという名の二歳くらいの男の子が、窓の前の一人がけソファによじのぼって外を見ている。何かあってもすぐに対処できるようにと、げんきくんの後ろに立って見守っていた優子先生が、車を何台も積んだトラックを見て言った。
「あ、キャリーカーきたよ」
「カーキャリー」
「ん? キャリーカーじゃなくてカーキャリー?」
「カーキャリー」
げんきくんが頷いて、優子先生は、ほお、と感心した声を出す。
「そうかあ。げんきくんはよく知ってるねえ。すごいなあ」
うんうんと頷くげんきくんが可愛い。一太は、抱いているとものりくんの顔が外を見られるように向きを考えて立ちながら、とものりくんに話しかける。
「ともくん、バス来るかなあ、バス」
「あっち、来た」
「あ、本当だ。バス停に停まったよ。誰か乗ってるね」
げんきくんが答えてくれて、一太が返事をすると、ちらりとこちらを向いたげんきくんが、またどこかを指差す。
「あれ」
「ん? 何?」
「ミキサーしゃ」
「おお、本当だ。ミキサー車だ」
「ん」
後ろからしゅんくんの泣き声が聞こえて、げんきくんのこと、ちょっとお願いね、と優子先生が離れていった。腕の中では、とものりくんがうとうとと体を預けてくる。
こんなに穏やかで心地好い時間を過ごせて、一太は本当に幸せだった。
意識しなくても、にこにこと頬は緩んでいた。
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