【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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63 診察

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 月曜日の診察で、医師は盛大に一太を褒めてくれた。

「ちゃんと食っちゃ寝していたんだね。偉い、偉いよ! どう? 目眩とか、手先の痺れとか、あんまり無くなったでしょ?」

 そう言いながら医師は、一太の手をぎゅっぎゅっと揉む。ああそういえば、と一太は思った。立ち上がるときや、寝ている姿勢から起き上がる時にはゆっくりと動くように気を付けていたから、目眩は割と大丈夫だったが、手先の痺れは止めようがなかった。
 原因もよく分からないから気を付けようがなく、ピアノのテスト中にさえ影響がなければと、普段は気にしないことにしていた。手先が震える訳でもなく、何となくぴりぴりとしているだけなので放っておいたが、というか、放っておくしかなかったが、言われてみると今、ぴりぴりを感じていない。
 驚きながら頷くと、医師はカルテに何やら書き込んで、良かった良かった、と笑った。

「それもこれも全部、栄養失調の症状だから。君を連れて帰ってくれた友だちに感謝だね。体が疲れすぎているときに出る検査の数値も、どれも大分減っているよ。あと一週間、この生活をしていれば、もう大丈夫だ」

 ん? あと一週間、この生活?
 一太は、今日の午後には仕事を探しに行くつもりだったので、すぐに返事をできずに首を傾げた。

「あの。もう元気なので、明日から仕事をしてもいいですか?」
「うん? 仕事?」
「はい。俺、絶好調です」

 医師は、ああ、と言いながら額に手をやって目をつぶった。
 うーん、と少し考えてから口を開く。

「君の絶好調は、もっと上にある」

 医師の手が、すいっと上に上がった。
 なんと! これ以上?
 一太は驚いたが、口には出さなかった。

「この数字を見て」

 たくさんの数値が並んだ表のようなものを見せられる。

「右側が正常値。この範囲内なら、体が正常に動いている、というものね。一般的な数値だから、割りと範囲が広いでしょ。その中に入っていたら、よし、いいよと言おう。でも、君の数値はこれ」

 そうして医師は、正常値の左に並ぶ数字を指差す。半分くらいは赤字で表示されていて、正常値から外れていることを示していた。

「これでも良くなったんだよ。救急車で運ばれてきた君は、本当に危なかった。ようやく少し安心できる数値になってきた所だ。甘えられる相手がいるなら甘えて、本当の絶好調を目指そう」

 それは、つまり……。

「また一週間後の診察を予約しておくね。仕事に行っていいかどうかはその時に決めよう。今日はここまで」
「あ、あの。ボランティアは? 赤ちゃんのお世話をするボランティアの予定が水曜日に入ってて」
「学校の関係?」
「はい。そうです」
「一日?」
「半日です」
「半日か。その日だけ?」
「はい」
「無理をしたら、すぐに次の診察で分かるから」

 う、これは……。退院の際に言われたあれだ。無理をしたら、病院に戻ることになるよってやつ。それは困る。

「気を付けます!」
「よし。ではまた、一週間後。この数値が正常値になるのを楽しみにしているよ。お大事に」

 ボランティアは行けそうだから良かった、と一太は思った。食っちゃ寝していて褒められたことも、新鮮だった。

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